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   ~和暦の暮らし一期一会~

映画 『ずぶぬれて犬ころ』
2019-05-23 Thu 16:37




25歳で夭折した俳人、住宅顕信(すみたくけんしん 1961~1987)。

わたしとは5歳違いで、おなじ岡山の人。

ほんとうにヘンな、困った人です。
正直、こういう破天荒な生き方をする人間は大嫌いなので、
(もしわたしが親なら、無一文で放り出してやりたい)
猛烈に腹が立つけれど、でも憎めないので、いっそう腹が立ちます。

80年代といえば、日本の経済絶頂期。後半はバブル時代です。
わたしにはちょうど、中学から大学という青春時代。
大学の4年間は岡山だったので、この人の最期の数年を、
おなじ街の空の下、おなじ風景、おなじ雑踏のなかで、
ふつうにすれ違いながら、同時代を生きていたようです。
もしかしたら丸善や紀伊国屋の、本棚や文具の前で、
このヘンテコなお坊さんとは、出会っていたかもしれません。

でも、そのとき彼は、最後の命を燃焼させていた。
流れていた時間の濃さは、だれにも及びもつかない。
病に蝕まれながら、子ども育て、思いの丈を句に残して、
彼は短い生涯を、駆け足で生き急ぎました。

俳人としても、僧侶としても、これからという時に、
なぜ不治の病で、人生を断たれなければならなかったのか。
宮沢賢治もそうですが、もし彼が生きていたらと思えばこそ、
当人にも計り知れない、運命があったとしか思わずにはいられません。

顕信の句は、従来の五七五にとらわれない、自由律という俳句で、
一目ですんなり読めるし、傷つけない矢のように、心の的を得てしまう。
好き嫌いはあると思いますし、わたしは彼の甘ったれが鼻に衝く。
けれども顕信の句の魅力にはまった人は、たぶんその日のうちに、
なにか一句、自分なりに、ふとつぶやいてみるのではないでしょうか。
窓辺や道端の風景すら、心のあらわれであることに驚きながら…

地元で先行上映された映画、『ずぶぬれて犬ころ』を観ました。

陰湿ないじめにさらされる母子家庭の中学生と、
理解ある家族や友人、女性、息子、大勢の句友に囲まれて、
難病以外では、なにもかも恵まれすぎていた顕信。
没落したいまの日本と、経済大国だった過去。
あまりにもかけ離れた、ふたつのいのちが交錯しながら、
顕信がいつも、死の床から眺めていた岡山の夜景と、
半殺しにされた中学生が、校舎の屋上から見つめる雨の夜が、
淋しいネオンに沈む、底知れない孤独のなかで、響き合います。
次の一瞬、タイトルの言葉が、ひとりの少年を現実に戻し、
生に繋ぎ留めて、ひとつの決意をさせるのです。

あまり話題にもならないであろう、地味な映画ですが、
わたしには、そんなに悪くない作品だったと思います。
こういう人もいましたという、同郷人のご紹介でした。

公式サイト ➾ http://zubuinu.com/

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Per aspera ad astra 令和元旦
2019-05-01 Wed 00:00

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<祝・令和>

幾多の苦難を経て、いま星の輝きを纏うがごとき
徳仁天皇と雅子皇后、そして愛子内親王が、
日本人の心を照らす、暖かい光となってくださいますように。


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平成の暮れ、令和の未明
2019-04-28 Sun 12:27

ながらくご無沙汰していました。

このふたつきのあいだ、いろいろありましたが、
なんとか無事に、みなさまとともに平成を見送り、
新しい令和の御代を迎えたいと思います。

長すぎる連休、初夏に向かう爽やかな季節とはいえ、
例年のように行楽的な気分にはなれず、
年の瀬から新年に至るような、非日常の神聖さを感じて、
敬虔な、心あらたまる気持にさせられます。

平成もあと残り3日。
あわただしく、なにも変わらぬ日常にあっても、
しばし、来し方行く末に思いを巡らせながら、
これまでになく先行き不透明で、困難な時代を担われる、
新天皇と皇后の即位をお祝いしたいと思います。

又候、よろしくお願いいたします。


平成31年の歌会始より 

(徳仁皇太子)
雲間よりさしたる光に導かれ
われ登りゆく金峰(きんぷ)の峰に


(雅子皇太子妃)
大君と母宮の愛でし御園生(みそのふ)の
白樺冴ゆる朝の光に



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今日の花飾り(1)  
2019-02-14 Thu 12:18

ブログでは長らく休止していた、
花飾りの写真を、もういちど始めました。
流儀花も生けますが、普段はシンプルに茶花風で。
(正式な茶花ではなく、我流「茶花もどき」です^^)

先日は、突然の雪にふるえたお花たちですが、
ふたたび元気な姿で、人の心を温め、
春寒にも、変らぬ華と香を届けてくれます。


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左 土佐水木と藪椿(鶴首)/右 日本水仙(楽茶碗)

椿は、葉の扱いが難しいですね。
だいたい、3枚~5枚で整えることにしています。
日本水仙は、葉も花も、雪折れたものが多かったですが、
この花は、プランターのなかにいて助かりました。

冬は花が長持ちしますが、
室内に入れると、暖房でちょっと残念かな。

(旧暦1月10日、月齢9.2)


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春の雪 人日 建国記念の日
2019-02-11 Mon 16:17

前回記事のおわりに、
「次回は、太陽暦についてお話いたします」と書きましたが、
今日は待ちに待った、冬らしい雪の日となりましたので、
融けないうちに急いで撮った、雪景色をご紹介いたします。

昨晩、東北地方にお住まいのブロ友さまに、明日はこちらでも、
雪の予報なので期待していますと、返信してから寝入りましたが、
夜の間、音もなく降った雪で、朝には一面、銀世界が広がりました。

さて、旧暦で言えば、今日は「1月7日」。
五節句のひとつ「人日(じんじつ)」であり、七草粥の日です。
とはいえ七草粥は、新暦の正月7日にもう済ませてしまったので、
今朝は、具だくさんの温かい「おじや」を作って食べました。
祝日のため、人の声も車の音もしない、静かな朝でしたが、
平日なら、積雪に不慣れな地域のため、通勤通学で大混乱でしょう。

「立春」を過ぎてから、ようやく雪を見ることができましたが、
太平洋側では毎年、2~3月こそが雪の季節になります。
しかし今日、東京や大阪、中国地方などを覆ったこの雪は、
どんなに冬らしくても、南岸低気圧が、冷たすぎて雨ではなく
雪になって降りて来た、重たく湿った「春の雪」なのです。

では朝食のあと、しっかり着込んで、家を出て、
庭や畑、近所を歩き回りながら、撮影した雪景色をどうぞ。

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わたくしの棲息する小屋の屋根。まるで雪国。

sakurasou.jpg  南天
裏庭のサクラソウは雪から首だけが覗き、南天も雪化粧。

そして庭の梅。
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梅は、春の花たちに先駆けるく「花の兄」。
雪中にも凛として咲く姿は、辛抱強く、清廉な人に喩えられます。

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雪の庭です。奥に咲いている紅い花は山茶花。

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山茶花は、秋の終わりから冬の間中、次々に咲き続けます。
庭の蹲踞(つくばい)も、雪の中、なかなか趣があります。

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ケヤキの大木。寒々しい冬景色。
日本水仙も、葉がすでに雪折れていました。

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クロガネモチには、紅い実が残っています。
ネズミモチの黒い実も、まだまだたわわです。

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ただでさえ傷みやすいあけぼの椿(左)と、しっかりした藪椿(右)

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満開のわびすけ椿(左)と、菜の花(右)

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物置ですが、積雪はこれくらいありました。

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荒れ放題の畑は、一夜にして原野に変身。

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近所の田んぼも、一面が銀世界。
昨年7月の豪雨では、このあたりもすべて冠水し、湖になりました。

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人にも出会わず、物音ひとつしない白い朝。
真新しい雪を踏みしめながら、どこまでも歩き回っております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

雪は、朝は降っていましたが、だんだん霙になり、
お昼にならない間に、降りやみました。
鈍色の空の下に鳩が鳴き、ヒヨドリが飛び交います。
陽は射しませんが、風もなく、穏やかで明るい冬景色。
子ども達がどこかに、雪だるまでも作ったでしょうか?

そして、いましがた・・・午後3時半を過ぎたころ、
窓からのぞいて見ると、雪はすでに半分くらい融けて、
地面には、たくさん水たまりができて、泥だらけでした。
夕になり、さらに気温が下がると、凍結するかもしれません。
どうか歩行や車の運転には、充分にお気をつけください。

年に一日、あるかなきかの、夢幻のような別世界。
それだけで大いに感動し、心行くまで味わいたい、
西日本のわたしにとって、雪とはそういうものなのです。

そして夜、雪はいつの間にかすっかり消えて、
空は晴れ、梅の向こうに掛かる月。
(旧暦1月7日 月齢 6.2) 

梅と月


なお、今日は「建国記念の日」ですので、
神武天皇と紀元節についても、お話したかったのですが、
長くなりすぎるので、またの機会にいたします。

「建国記念の日」は、なぜ「建国記念日」ではないのか

別窓 | 私的歳時記  | コメント:2
暦の話あれこれ① 
2019-02-09 Sat 23:47

本日は暦について、
お話させていただこうと思います。

暦といえば、日付を記したカレンダーのことですが、
西暦もあれば和暦もあり、旧暦もあれば新暦もあり、
太陽暦もあれば太陰暦もあって、それこそいろいろあります。

無限に続く時の流れを、それなりに整理する作業は大変です。
年代の数え方や、月日の計り方にも、いろんな方法があります。
現在「~暦」と呼ばれるものには、「紀年法」や「暦法」などの、
いろんな意味合いと要素が含まれて、混同もされているので、
少し面倒なのですが、それも分かれば頷ける話です。

例を挙げれば、現在もっとも広く使われる「西暦(西洋暦)」は、
紀年法では「キリスト紀元」、暦法では「太陽暦」になります。

まず、「紀年法」からお話いたします。

「紀年法」とは、年代を数えたり、記録する方法のことで、
ある重要な事柄が起きた年を基準にして、年数が記録されます。
「西暦」は、キリストが誕生したとされる年を、紀元としています。

他にも、イスラム圏での「ヒジュラ暦」(ヒジュラ紀元)や、
仏教国での仏暦(仏滅紀元)、ユダヤ暦(創生紀元)、
ヒンズー暦(サカ紀元)など、世界には様々な紀年法があり、
神話や伝承、教典に基づく紀元も少なくありません。

日本にも、明治時代に制定された「皇紀」ありますが、これは
日本書紀の神武天皇即位を、西暦紀元前660年とするものです。
今でも使われていたら、今年は何と「皇紀2674年」になります。

「元号」も紀年法の一つですが、特的期間に限定して使われます。
中国に始まり、日本や東アジアの国々で広く用いられましたが、
現在元号を使用している国は、とうとう日本だけになりました。
日本で最初に用いられた元号は「大化」で、西暦645年のことです。

明治以降は、天皇の交代により改元されますが(一世一元の制)、
それ以前は、吉事や凶事を理由に、たびたび改元されていました。
元号による年代表記を、「西暦」に対して「和暦」といいます。
今年5月1日には、第126代天皇の即位に伴う改元が行われます。

残すこと、あと約3か月で終わろうとしている
平成の30年間は、みなさんにとって、どんな時代だったでしょうか?

続いて、「暦法」についてです。
「暦法」とは、暦を作る方法や原則のことで、
「暦」とは、暦法によって作られたカレンダーのことです。

「暦(こよみ)」は、「日読み(かよみ)」から来たといわれます。

地球が太陽を一周することで、春夏秋冬がめぐり(一年)、
月が地球を一周することで、月が満ち欠け、潮が満ち引き(一月)、
地球が自転することで、昼と夜とが繰り返されます(一日)。

太古の人々は、自分たちの住む大地が球体で、自転していることや、
太陽と月、地球の正確な動きや位置関係を、知らなかったとしても、
限られた技術で天体を観測することで、時間の流れを体系づけ、
その結果を、年・月・日などの単位を用いて表し、暦を作りました。
暦は、季節ごとに変化する天候や、自然の盛衰に関連付けられ、
古代社会では、農耕に適切な時期を知る重要な手掛かりでした。

暦法には大別すると、「太陽暦」と「太陰暦」がありますが、
太陽の運行を基に作られたのが「太陽暦(陽暦)」で、
月(太陰)の満ち欠けを基に作られたのが「太陰暦(陰暦)」です。

様々な「紀元」が、強大な権力や支配的な価値観によって制定され、
元号のように、時間の支配さえ意図するものさえあったのに対して、
暦法は、天界のリズムとサインを、精密に計算することではじまり、
何度も修正と改良を重ね、より正確なものとなり、今日に至りました。

今でも生活には欠かせないカレンダーですが、
そこには、太陽の道筋と月の容姿、古い神話の名残、
権力の意思、農民の生活、人間の智恵と試行錯誤のあとが、
ぎっしり詰まっているので、知れば知るほど面白い発見があり、
何気ない一日一日が、妙に意味深なものとなり楽しくなります。

次回は、太陽暦についてお話いたします。


別窓 | 星の便り | コメント:2
今日は何の日?旧正月です。
2019-02-05 Tue 22:13

ご訪問ありがとうございます。
久しぶりのブログ再開となりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

さまざまな個人的事情が重なり、長らく休止させていただきましたが、
それでも度々ご訪問くださり、またお便りをくださる方々もおられ、
お気遣い心より嬉しく、有り難く、感謝いたします。
お蔭さまで、ようやく戻ってくることができました。
不義理をいたしまして、大変申し訳ございませんでしたが、
また元気を出して続けてゆこうと思います。

さて、ブログのタイトルですが、
『星めぐり月めぐり』に変更いたしました。
サブタイトルは「和暦の暮らし一期一会」

和暦といえば、西暦に対して、
日本独特の元号で年代を表す「紀年法」のことですが、
最近では、日本で古くから使用された「旧暦」の意味でも使うようで、
私は勝手に「われき」ではなく、「わごよみ」と読むことにしています。

旧暦で使用された太陰太陽暦に、二十四節気や雑節のほかにも、
月の満ち欠けや潮の干満、年中行事や農事なども記すことで、
天体の運行とめぐる季節、自然の盛衰、あらゆる生命の輝きが、
より身近に感じられる、古くて新しい暮らしを綴ってゆきたいです。

この冬、瀬戸内海沿岸地方では、昨年の厳寒さとは打って変わり、
一月半ばには、早くも庭の紅梅が綻ぶ、穏やかな暖冬が続いています。
朝が氷点下になる日も殆どなく、家ではコタツさえ出していませんが、
過ごしやすいのは助かるものの、冬らしさを感じられる日が少なく、
北風の荒び、夜の深さや闇の濃さも、いまひとつ物足りません。
毎年一月中には、野鳥に啄まれてしまう、南天などの朱い実が
いつまでも残る風景を眺めつつ、ひと月が慌ただしく過ぎました。

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2月に入ると、3日には「節分」、翌4日には「立春」を迎えて、
ここ倉敷でも気温が14度まで上がり、4月並みの陽気でした。
さすがに夕方は冷え込み、すぐに2月らしい気候に戻りましたが、
それでも足元には、貝母が芽を出し、
寒芍薬が蕾をつけ、水仙や福寿草、寒菖蒲が花開いて、
明るい陽射しに、地も目を覚ましつつあります。

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そして今日、今年の2月5日は、
旧暦(太陰太陽暦)による一年の始まり、「旧正月」です。
中華圏では春節、韓国でもソルラルとして、盛大に祝われます。
そこで私もこの日に、ブログを再開することにいたしました。

旧正月(旧暦の元日)は、
二十四節気の「雨水」の直前の朔日(新月になる日)とされており、
年によって異なり、ほぼ1月21日から2月20日の間を移動しますが
今年は、季節の始まりでもある「立春」直後の、
2月5日が朔日であるため、本日が旧正月となりました。

現在の新暦での正月とは、約一か月遅れになりますが、
桃の節句や七夕などを、いまでもひと月遅れで祝う習慣があるのも、
旧暦の名残といえますし、そのほうが気候にも合うといえます。

年賀状などに残る、「迎春」や「初春」という明るい言葉もまた、
立春前後の今時分、水や空気、光や生命の僅かな兆しに、
春を言祝ぐ心でしょうか。暖房も温水もなかった時代の人々の、
春そのものであった新年に、思いを馳せずにはいられません。

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とはいえ、三寒四温にはまだまだ程遠く、
日本列島の各地では、これからが寒さのピークを迎えます。
しばらく続いた暖かさは一転し、北日本には強い寒気が流れ込み、
関東でも冷え込んで降雪が予想されています。
インフルエンザの流行も警報レベルですが、
風呂場やトイレでの、高齢者のヒートショックも少なくありません。
真冬の底で、入学試験に挑む受験生のみなさんには、
「冬来たりなば春遠からじ」との祈りを込めて、応援しています。
(くれぐれも差別による不正など、二度とありませんように)

列島を豊かに彩る日本の四季ですが、
猛暑や厳寒を、毎年のように乗り越えてゆくのは、
実は並大抵ではない、なかなか険しい歩みだったのだと、
年を重ねるごとに実感するようになりました。

その意味でも、自然の恩恵と災厄を肌身で捉えていた、
むかしの人々が残した暦を手掛かりにすることで、
単にいろいろ物知りになるのではなく、この国を生き抜く、
智恵と方法と言葉を見出し、現代の暮らしにも生かしたい、
それが私のこれからの目標であり、このブログのテーマです。

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大きなことを書きましたが、
そのうちまた、すぐに息切れすると思います。
なので、どうかその点はお赦しいただけますようお願いしますが、
記事はできれば短く、身近で日常的なものを中心にしながら、
少なくとも一週間に一つは、何か書けたらと思っております。
書けないときには、花の写真に一言そえるだけでもやってみます。

長く離れている間に、わたしがいつも心に抱いてきたのは、
こんな拙いブログでも静かに見守り、応援してくださる方々のこと。
このブログが庭先のような、ささやかな交流の場となればと願います。

今年は参院選もあり、南北関係、米朝会談も注目されますので、
どうしても退けないテーマについては、見方や立ち位置が異なれば、
意見の違いや衝突なども、当然ありうることかと思われますが、
なによりも礼儀を第一と心して、誠実な対話を心掛けたいです。

そのようなわけで、
平成31年、旧暦の元日、再スタートいたします。
これからもよろしくお願いいたします。

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別窓 | お知らせ | コメント:6
予定では
2019-01-23 Wed 19:15

ご訪問いただき、ありがとうございます。


たぶん・・・、しかし可能なら・・・ですが、

予定では 来月の、 2月5日に、

これまでとは、すこし趣向を変えて、
とてもシンプルな形で、

ブログを再開できればと思っています。

どうぞよろしくお願いします。






別窓 | お知らせ | コメント:1
ご挨拶 お礼とお知らせ等
2019-01-10 Thu 16:43

ご訪問ありがとうございます。

新年のご挨拶を申し上げます。

昨年7月には、私の住む倉敷市における、
豪雨による水害にお気遣いくださいまして、
多くのみなさまに、お見舞いとお励ましをいいただきましたことを、
あらためて、心からお礼申し上げます。

諸事情のため、ながらくブログを休止しておりましたが、
もうしばらくの間、お休みさせていただきます。
再開の時期はまだ分かりませんが、
なるべく早く戻って来られたらと願っております。

ご多忙のなかを、たびたびご訪問いただき、
また、お便りを下さいましたみなさま方には、
いつも励まされ、心の支えとさせていただいております。

勝手を続けることになり、申し訳ございませんが、
ご了承いただけますよう、お願いいたします。

みなさまがたのブログへのご訪問は、
できる限りさせていただきたいと思います。
無言ではございますが、そのあしあとを見掛けましたら、
わたくしの感謝と、お詫びのしるしとして、
受け止めていただけたらと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

いつの日か、またここでお会いできますように。
その日まで、どなた様も、お元気でお過ごしください。

別窓 | お知らせ | コメント:2
東アジアの新しい歴史の開闢へ
2018-04-26 Thu 23:32

晩春の、水と砂塵を浮かべた空の向こうに、太陽が沈んでゆく。

いよいよ明日、東アジアの新しい歴史の扉が開かれ、
朝鮮民族の、完全な「光復」への、大きな歩みが刻まれる。

その日をどれほど、分断された南北の、幾多の人々が待ち望み、
火を飲まされた想いを抱きながら、生き死にしていったことだろう。
故廬武鉉元大統領にも、ぜひ生きて、この日を迎えてほしかった。
南北の融和と統一に、命がけで尽力した人々を思い出しながら、
たとえ日本人であろうとも、涙を禁じることができない。

いつのころだったか、たぶん前世紀の終わりごろだと思うが、
ある本で読んだ、韓国の方の言葉を忘れることができない。

「南北が統一されるとき、
 それをいちばん喜んでくれるのは、日本人でしょう」


眩暈がしそうだ。
この言葉に託された、深い想いと信頼を踏み躙る、
いまこの国に花粉のごとく瀰漫する、憎悪と差別と暴言の、
目も当てられないほど恥ずべき惨状に。

全世界が南北の融和と、朝鮮戦争の終結を歓迎し、温かく見守る、
「歴史の明日」を前にしても、この国はそれを、心から喜びもしない。
マスコミもまた、冷静さを装いつつ、すでに歴史の大舞台のどこにも
立つ瀬なく、蚊帳の外に追われた惨めさに、不安と焦りを隠さない。
だがそれは、みずからの歴史を蔑した日本人の、自業自得だろう。
東アジアの夜明けを前に、この国の凋落は、むしろふさわしい。
(だが、これからどうするつもりなのか?)

いま日本人のあるべき姿は、南北分断の元凶である日帝支配と、
朝鮮戦争による特需のおかげで、戦後日本の経済成長が始まった
改竄も隠蔽もできない過去を省みつつ、歴史の扉の前に、
畏敬の念をこめて慎ましく並び、一切の邪魔をしないことである。

なぜそれができないのだろうか?

誰もが気付いているように、北朝鮮による拉致問題と核問題も、
安倍政権には、解決に向けて積極的に取り組む意思も力量もなく、
ただ「北」への憎悪と恐怖を煽るのに、最大限利用してきただけだ。
核ミサイルという「軍事的脅威」あればこそ、政権支持率も上がり、
安保法制や9条改憲を推し進める、説得力にもなりえたので、
朝鮮半島の非核化や平和締結など、晴天の霹靂なのである。

残念だが、この国ではリベラル系のメディアさえもが、
韓国や北朝鮮に関しては、ネトウヨに等しい貧しい認識のまま、
上から目線で遠吠えよろしく、脅威と不信の喧伝に励むだけで、
日本の子どもたちと、韓国や北朝鮮の子どもたちが、
アジアの仲間として、ともに遊び、笑い、学び、手を取り合い、
平和を創造してゆく、豊かな未来を希求しようともしない。

「圧力」の一つ憶えは、日本の国際的孤立を招いただけだった。
私たちはいま、あまりにも偏狭なメディアの「洗脳」から脱却し、
安倍政権の主張を無批判に、そのまま自分の意見とすることなく、
民衆の交流と友情を育み、進んで信頼関係を築くべきであろう。

なぜその一歩が、踏み出せないのだろうか?

詩人の河津聖恵氏は、歴史観を欠いたバッシング報道に、
「歴史どころか、人間の消滅すら感じる」と述べているが、同感である。

明日は私たち日本人が、
歴史の大きな流れから確実に弾かれていく
「歴史的」な日になるのかも知れない。

しかし歴史だけが、人間を生み出していく。
歴史から見捨てられては人は、人として生きていけない。
明日から朝鮮半島は未来へ進むが、
日本は過去へ進まなくてはならないのだと、歴史は告げていると思う。
(河津聖恵のブログ「詩空間」より)



晴れがましい明日の舞台を前に、南北の民衆をはじめ、
文在寅氏や、金正恩氏は、いまどんな気持であろうか。

人は決して、ひとりだけで生きているのではない。
過去と未来を無視して、いまここだけを、生きることはできない。
明朝、ふたりの首脳が出会う板門店には、
非業の死を遂げた、無数の死者たちも集い、ともに見守るであろう。
凄惨な過去に向き合ってこそ、未来の平和が創造される。

「対話のための対話に意味はない」???
悪あがきの屁理屈は無用。
民族の血は水よりも濃し。
他人の侵すところに非ず。

宇宙の軸をも傾けて、新しい水平線が切りひらかれる、
夢のおとずれる夜明けとなりますように。

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別窓 | 日記・雑感 | コメント:25
どこにも行きたくない贅沢な春
2018-04-02 Mon 22:34

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さくらたんぽぽはなにら

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別窓 | 花の便り | コメント:3
虚偽ではなく本音でもない、「真実」を語ること 
2018-03-31 Sat 19:36

記事の準備はしていたけれど、どうしても仕上がらず、
その日には、投稿する気にもなれなかったが、はや桜の季節。
すっかり忘れられたころ、今年もなにか想いを書いておきたい。

2011年の東日本大震災から、今年でもう7周年になるのか。
歳月は風のように荒び、記憶は岩のように沈んでゆく。
日本人にとって、3.11はすでに、忘れないための記念日なのか。
いまある「国難」との繋がりを、考えてみることもないのだろうか。

あの日の出来事によって、この国が露呈した長年の失政と負債を、
復興の名で覆い隠し、被災者だけに丸ごと背負わせ、
国民にも歓迎されない「東京五輪」で、欺くことはできないはずだ。

『地震のあとには戦争がやってくる』

いのちを踏み躙る政治が行われた、異様な歳月だったと思う。
国民はなべて、「生かさぬように殺さぬように」統治されるものだが、
文句が言えないのは、誰もがアメとムチに踊らされているからだ。
いま国会では森友問題で、安倍政権が窮地に立たされているが、
そもそも3.11のあとに、安倍政権を選んだのが間違いだった。

経済格差は、人々から働く誇りと生きる喜びを奪い、そのはけ口に、
社会的弱者や少数者が、公然と敵視され、迫害されるようになった。
政治家が率先して攻撃し、メディアが喧伝し、若者がヘイトを繰り広げ、
集団暴行や大量殺人が起きても、他人の不幸など構っていられようか。
働けども暮らしは楽にならず、過労で誰がいつ死ぬかも知れない。

近隣国を侮蔑し、「日本スゴイ」の自画自賛に酔っている間に、
この国は彼らに努力に、技術力や競争力を追い抜かれただけでなく、 
先進国としての国際的信頼や存在感まで、失墜させてしまった。
某国の脅威を煽り、安保法を整備して、国民をアラートで脅していたら、
彼らは核戦争の危機から一転して、日本など相手にせず対話を始め、
長年の軍事緊張を解消すべく、東アジアの平和構築を模索している。
それでもなお、9条改憲に拘る権力の妄執を、国民は阻止できるのか。

戦後70余年をへて音もなく崩壊した、民主主義の瓦礫の山も、
津波の廃墟と同じくらい無残で、凄惨なものだろう。
憎しみによって破壊され、無関心によって喪失したものは大きすぎる。
自浄作用どころか、どこまでも自己冒瀆を繰り返すこの国は、
この先どうなってゆくのだろうか。なぜこれほどまでに、
虚偽や無法、暴力や差別に寛容な社会になってしまったのか。

少なくとも、後続する1~2世代が失われたことは、大きな痛手だ。
若い世代が、あれほど簡単に、凡庸な悪に染まってしまうとは!
彼らには、梃子でも動かぬ頑固者となって対峙せねばなるまい。

河津聖恵氏は、「震災以後、詩とは何か」を問い続ける詩人だ。
それは、「アウシュヴィッツ以後、詩を書くのは野蛮だ」という言葉を
思い起こさせるが、規模や実態の違いはあれ、両者は似ている。
社会学者の栗原彬氏は、水俣病は「ジェノサイド」だったと書いたが、
フクシマも、おなじ権力構造が引き起こした、国家と企業による犯罪だ。 

河津氏は、詩を書く者たちに疑義を呈する。
「なぜ、3.11を歴史的に見ようとしないのか」と。
津波の廃墟を、諦念や悲哀を演出する「書き割り」に用いる
歴史性の欠如した「震災詩」に、厳しい視線を向ける。
「それは絶対的に間違っているのだ」と。

犠牲者の多くは、「今」しか見ようとしない非歴史的な経済神話のなかで、津波の危険があるにもかかわらず、無理に開発した住宅地に居住していた人々ではなかったか?また、原発の起源には、無謀な戦争の結果この国が蒙った原爆という、最大の歴史的凶器があるのではないか?そして今回の原発の過酷事故は、大きな津波や地震を「想定外」と正当化し、歴史の教訓に学ぶ謙虚さを忘れた結果、起こったのではないか?電源喪失対策を怠っていたのは、金銭のために人の生命の危険を無視し、未来からも過去からも目を背けて、ただ場当たり的に原発マネーの獲得に狂奔した結果ではないか?(河津聖恵『パルレシア 震災以後、詩とは何か』より)

「歴史的に見る」とは、出来事を歴史年表に位置付けることではない。
物事の視野を、「いま・ここ・自分」という自己中心の感性から、
時間的には人類の過去と未来へ、空間的には生命環境や宇宙へ、
内面的には、神や良心に至るまで広げてゆくことで、
それまで見えなかった背景と因果を照射し、
隠された欲望と権力の構造を抉り、消された無数の声に耳を傾け、
とりわけ死者たちの喉に、それぞれの言葉をあてがいながら、
大いなる出来事の本質を解き明かす、人間ならではの思索である。
それが歴史を学ぶ意味であり、未来に対して責任をもつことでもある。

歴史を知ればこそ、なぜ『地震の後には戦争がやってくる』のかも、
決して唐突なこじつけではなく、おのずから意味が理解できるはずだ。
この思索を嫌い、怠る者が、ふたたび同じ過ちに加担するのだろう。

「原子力緊急事態宣言」は、7年後のいまも解除されていない。
しかしフクシマは、すっかり過去のものとされ、放射能への懸念も、
科学性を欠いた不安に過ぎない、心の問題に押し込めてしまった。
事故現場で、危険な被曝労働を続ける作業員を思い出すこともない。
かといって「東京五輪」に向けて、国中が躍進しているわけでもない。
国民はもう、なにがなんだが、訳がわからなくなっているのではないか。

それは、(嘆息とともに言うが)
日本人が、言葉を殺してしまったからだと思う。
いまや、「嘘偽りや無関心が執拗な被膜となって、社会を覆いつくし
言葉を持つ人間を窒息寸前に至らしめている」(河津聖恵)
からだ。

言葉とは語彙ではない。迷信的な言霊でもない。
理性であり、思考力である。信義でもあり、責任でもある。
「文は人なり」とも言われるが、言葉とは人格そのものである。
だからこそ、人の発する言葉は、真(まこと)でなければならず、
嘘や虚言、偽証は、舌を抜かれるほどの重罪なのだ。

だがこの国ではいま、一言にも重責あるはずの政治家どもに、
その覚悟は微塵もなく、言論の府では虚偽と隠蔽、改竄が常態と化し、
言葉は人を欺き、騙くらかす、じつに便利な道具に成り果ててしまった。

マスコミの劣化も著しい。ましてネットなど言うに及ばずである。
ネトウヨのヘイト、リベラルの寛容と多様性、メディアの両論併記、
子どもたちの減らず口の、なんとよく、根性の似通っていることか。

深夜の討論番組で、ある評論家が『世界人権宣言』を攻撃しながら、
「そんなものは、アウストラロピテクスの時代にはなかった。
人類に共通する普遍的価値観なんかではない」などと叫んでいたが、
その通り、400万年もの大昔に、人権の概念などあろうはずがない。
だが同じく「南の猿」たちは、現代人のようにパンツも履かなければ、
風呂にも入らず、メガネも掛けず、PCも使用しなかったようである。
そんな化石人類の時代から、人権や民主主義、PCやスマホを生んだ、
今日に至るまでの、人類の長い長い歩みにこそ、意味があるのだ。

さすがにこんな妄言など、誰も相手にはすまいと打ち棄てていたが、
しかしそれが、どうもこのところ、少しもそうではない雲行きなのだ。
もしかするとこの国には、本当にそれが理解できない人間のほうが、
ずっと多いのではないのかと、寒気を覚えるようになってしまった。

なぜなら、人権にせよ民主主義にせよ、それがもつ歴史性を考慮せず、
ただ自分がそう感じる意味合いに勝手に受け止めて、
気に入らなければ叩きのめす独り相撲が、昨今の言論にはあふれ、
一人前の知を気取って、大威張りで闊歩しているからだ。
あげくの果てには、なんと教育者や弁護士までが、臆面もなく、
「人権とは何か、自分にもよく分からない」と、苦笑してみせる始末だ。

民主主義社会を支える基本理念や価値観を、教える者と守る者が、
それがなんだかわからないとは、一体全体どうなっているのか。

「反日」の一つ憶えは、この国ならではの非歴史的感性の典型だが、
あるいは「愛国」とは、文字通り「国を愛すること」だと思い込んだり、
「保守」を、「国柄や伝統、家族や故郷を守ること」などと言い出して、
今ではむしろリベラルが、すすんで右派的価値を称揚する有様だ。
単純な無知でも、歴史を蔑ろにすれば、思考は衰弱するしかない。

こんな状態ではもう、言論以前に、日本語が通じないと言うべきだろう。
圧政に抗議し、声を挙げてきた人々が、黙り込んでしまうはずだ。
心優しい人々が、ふわふわ言葉しか使えなくなってしまうはずだ。
子どもたちが、基本的な読み書きさえできなくなってしまうはずだ。
(いや、大学生さえも小学生以下の場合がある)

ここで先に引用した、河津聖恵氏の詩論に戻ろう。
河津氏は3.11のあと、詩人らが「大震災を前に、詩は死んだ」などと、
平然と、乱暴に断言するような態度に、大きな危惧を抱く。
詩は、「震災によって、唐突に死んだのではない。
想定外の震災被害や、原発過酷事故をもたらしたのと
同じ何者かによって、すでに長い時をかけて、殺されてきたのだ」
と。

詩とはなにか。それは現実の社会で口に出せば、
全世界を凍らせるかもしれないほんとのことを、
かくという行為で口に出すことである。(吉本隆明)


ならば「詩が死んだ」社会とは、いったいどんな社会なのか。
それは詩とともに、詩の命である、真の言葉(ほんとのこと)が殺され、
詩の本来の精神である、自由の精神が失われた社会を意味する。
そして詩を殺し、言葉を殺した者たちが、いま真実に代わって
あたり構わずまき散らすのは、分別のない、赤裸々な「本音」である。

それは時に凶器に等しく、その重大な結果には、だれも責任を負わず、
人の数だけ真実はあると、無数の言い訳を並べ、臆面もなく開き直る。
森友事件でも同じだ。今必要なのは、国民が納得できればすむような、
丁寧な説明ではない。一言ずつ正確に、重たい真実を述べることだ。 

古代ギリシャにおいて、自由という単語には二通りの表現があった。
まずひとつは身体の自由である「エレウテリア」。
そしてもうひとつは、思想・表現の自由である「パルレシア」。
樽の中に住んだ等の奇行で知られる哲学者のディオゲネスは、
「世の中で最も素晴らしいものはなにか」と問われ、
「それはパルレシアだ」と答えたという。
パルレシア。何についても率直に、真実を語ること。
脅迫をも、迫害をも、殺されることをも恐れず、自由に語ること。
(河津聖恵『パルレシア 震災以後、詩とは何か』より)


病んだ社会の再生は、なによりもまず、
言葉の甦りでなければならない。
言葉に「蘇生の血を通わせる」ことが、不可欠なのだ。

その「蘇生の血」こそが、「パルレシア」ではないのか。
河津氏は、詩=比喩の力によって、それを試みることを述べるが、
私は、さらに広く一般の言論や、人々の会話や文章にも求めたい。

何をも怖れず、真実を(本音ではない)、率直に語ること。
民主主義社会に不可欠な、伝統に裏打ちされた自由の精神。
暗夜の灯台のような、闇の底から放たれる言葉が持つ真実の光。

真実の言葉には、語彙や表現力は必要ないが、しかし
水滴で岩を穿つような、息長い忍耐と覚悟がなければなるまい。
真実とは、癒しや慰めではない。仮借なく、耳にも心にも痛いものだ。
顔の醜さを鏡のせいにして叩き割るような者は、真実には程遠い。

言葉は、語る者だけでなく聞く者がいてこそ、はじめて成り立つ。
命がけで真実を訴える声を無視したり、嫌悪し、排斥することも、
真実の抹殺に、積極的に加担する行為に他ならない。
語る者、聞き入れる者、伝える者がいてこそ、真実は生きるのだ。

「パルレシア」を怖れるのはだれであり、また、どんな社会であろうか。
日本人は、そんな社会を望むのか、それとも変えてゆきたいのか。

「私には何もできませんが」と無能を装い、逃げてはならないと思う。
わたしたちの一人一人は、どんなに弱くて小さな存在であっても、
だれもが、歴史と言葉を受け継ぎながら、子々孫々に伝えてゆく、
「パルレシア」の重みを担いながら生きる人間なのだから。


つばきとキャンドル


別窓 | 日記・雑感 | コメント:1
真冬を越えて、春がめぐり
2018-03-05 Mon 11:30

この冬の寒さは、温暖な西日本でも尋常ではなかった。
氷点下の冷え込みが長く続き、立春を過ぎても足元に霜柱が立つ。
日中でも2~3℃あれば、「今日は温かいね」と会話するほどだった。
備前の甕の底では、吹き溜まった楓や欅、杉や松の落葉が凍てつき、
奇妙な氷のオブジェにされて、いく日も封じ込められていた。

シベリアから白頭山に衝突し、荒れた海を渡って上陸した風は、
北国を積雪に閉ざしたあと、澄んだ空っ風となり、肌を突き刺す。
軽やかに宙を舞う粉雪が、乾いた地面を覆うことはなかったが、
大きな被害こそ免れたものの、厳冬と呼ぶにふさわしい季節であった。
日本以外の全世界が、南北の融和を歓迎し見守った平昌五輪は、
酷薄さのなかで、金銀銅も他人事のように通り過ぎていった。

真冬の庭の楽しみは、やはり赤い実と赤い花だ。
いや、朱い実とか、紅い花というべきか。
どれも目に鮮やかで、心まで暖めてくれる。

朱い実は、南天と万両が今年もたくさん玉をつけた。
年が明けると、毎日のように野鳥(たいていヒヨドリ)が飛来し、
用心深く辺りを伺いながら、すばしこく啄んでは飛び去ってゆく。
そこには懸命に生きようとするものと、生きる糧を与えるものと、
その営みを愛でたり、腹を立てたりする、人間の卑小さがある。
朱い実は1月中にはほとんど食べられ、枝ばかりになるのだが、
今年は、南天の実がすっかりなくなるまでに、2か月ほどかかり、
万両の実は、今もまだいくらか残っている。

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朱い実を失った南天と、わずかに残る万両

紅い花なら、山茶花と椿が冬の色には欠かせない。
暖かい年なら年末には咲き始めるが、今年はものみな凍えて、
固い蕾はいつまでも開かず、堪え切れずに咲いた花は責められて、
寒気にたちまち傷んでしまった。それでもようやく2月も下旬になると、
庭の山茶花は満開となり、藪椿も目を覚まし、次々に咲きはじめた。
ここにもまた、ヒヨドリが蜜をもとめてやってくる。

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山茶花と、傷んだ椿「あけぼの」

紅梅は、毎年1月中には蕾が綻ぶかと、いつも待ち遠しいのだが、
やはり半月ほど遅れて、一枝梅を見たのは2月中旬だった。

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庭の紅梅

思えば、これほど長く寒い冬の記憶は小学生のとき以来だ。
あの頃も毎朝、白い息を吐き、霜柱を踏みながら学校に通った。
そして何よりの楽しみは、家に帰って真っ先に食べるかき餅。
おばあちゃんが電熱器で焼いて、帰りを待っていてくれた。
かき餅をパリっとかじった瞬間、暴力教師に殴られる恐怖の授業も、
きれいに忘れてしまい、気持がさらりと更新できてしまうのだった。
子どもには、今日がどんなに辛くても、明日はいつでも新しかった。
(現代の子ども達は環境も違うので、当てはまらないと思います)

薄く切ったかき餅が乾燥するまで、3日~1週間ほどかかるが、
それを楽しみに、松風の唸りを聞きながら寝入るのが、寒の季節だった。
わが家では今も寒に入ると、かき餅とあられを手作りしているが、
この頃はお餅も機械でつき、焼くのは電子レンジのチンで済ませている。
あられならそれでもなかなか美味しいが、かき餅となるとどうしても
電子レンジでは仕上がりにむらができ、味もずいぶん物足りない。

寒さに凍える日々、無性にあの昔のかき餅が懐かしくなってきた。
だが電熱器など今は昔。何か代わりになるものはないかと探したら、
ちょうどいいものがあった。それは、茶道稽古用の置き炉である。
本式の炉は、畳の一部を正方形に切った囲炉裏で、炭で湯を沸かすが、
置き炉は電気を使う。内部は、ニクロム線を巡らせた電熱器仕様なので、
早速その上に焼き網を置き、薄く切った餅をのせて火を入れてみた。

しばらくすると、網の上で餅がいきなり膨らみ、身を捩って反り返る。
あわてて箸で裏返すが、うっかりするとあっという間に形が崩れたり、
真っ黒に焦げたり、火がついて燃えたりして、それこそ油断も隙もない。
要領を得てくると、裏表も四隅にもきれいに火を通せるようになり、
美味しそうな焦げ目がついた、あの頃のかき餅にだんだん近づいてくる。
もし自分に子どもや孫がいたなら、こうして作ってやったのだろうか。
他愛もないことを考えながら、何かに納得するまで熱心に焼いてみた。
電気の囲炉裏でも、冬の夜の沈思黙考には役に立つようだ。

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福寿草と、雪割草

年を跨いで、話題の映画の最新作に大騒ぎしていたころ、
ブログで知り合った篤実な女性が、深刻な病状と全力で闘っていた。
2度の手術を乗り越えたが、再び入院し重篤な状態が続いた。

彼女のブログは、その虚弱体質や闘病生活が信じられないほど
元気で明るい。毒舌だと本人は謙遜されるが、とんでもない、
天地を大掃除するような清冽さと、あきらめない青春の気に溢れ、
読む者の心を洗ってくれる。持病だけでなく、時代の病にも向き合い、
勇敢に闘い続ける姿勢は頼もしく、いつも学ばせてもらっている。
数日前、彼女が危機的な状況から脱して、順調に回復しながら、
近く退院することになったという、お身内の方からのご報告を読んで、
信じて待っていた私も一安心で、ようやく春がおとずれた想いだ。
彼女の抱く夢がかなうように、一緒に年を重ねてゆきたいと強く願った。

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庭の白梅

天のご機嫌は計り知れないが、1月は往ぬ、2月は逃げるのとおり、
霜と氷と寒空も、過ぎ去るときには、幻のように消えていった。
中国地方では昨年より8日も早く、2月14日に「春一番」がわたった。
寒の戻りはあるにしても、もやもやした暖かさが、心を騒がせる。
冬の終わりの、一抹の淋しさを残して、南の風が背中をゆるく押す。

蠟梅のあとには、金縷梅、山茱萸など、黄金の花が続いて春を告げ、
足元には、福寿草や雪割草、寒芍薬や寒菖蒲、立坪菫が姿をあらわし、
寒さに怯えていた水仙も、眠りから覚め、清楚な香りを解き放つ。

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寒芍薬と、日本水仙  

3月の陽射しはすっかり春で、気温も上がり、道行く人の表情も和らぐ。
春宵の松の梢には、熊座の長柄星が、すらっと淡い影を落としている。
今日の雨は、昨夜天の柄杓がこぼした、春野をうるおす恵みの雨だ。
やがて菜の花が、わが家の畑にも咲き乱れ、蝶や鳥を呼ぶだろう。

そして今年もまた、あの日がめぐってくる。
7年目になる、3.11。
あの春の、終わらない滅びと喪失の記憶。
それはすでに無益な繰り言か、記念日に過ぎないのか。
いや、不吉な、なにかの予行演習だったのか・・・

わたしの心にはいま、石牟礼道子宋神道という、
ふたりの女性の生涯と、語りと、世に置いていったものが、
生傷として、債務として、道標として、至宝として、
深淵に浮かぶ花のように、忽然とあらわれ、重く圧し掛かる。

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ようやく咲いた藪椿の一輪
石牟礼道子は、水俣の不知火海を
「椿の海」と呼んだ。 




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Christmas おお、大いなる神秘 
2017-12-25 Mon 01:08

クリスマスイブ。主の降誕。

カトリック教会の、夜半のミサから帰宅した。
星なき夜にも、身に凍みる寒気にも、心温まる想い。

天のいと高きところには神に栄光、
地にはすべての男女と生き物に平和あれ!

この静かな夜を、全世界が歓び、祝福する。
見棄てられ、追われ、寄る辺もなき若い母親が、
馬小屋で産んだ幼子に、思いを巡らせる。
温かい家庭の炉辺でも、冷たく孤独な路傍でも・・・
恵まれた者も、打ちひしがれた者も・・・神を心に宿す。

冬の真底、暗闇の深奥から立ち上がる力。
聖夜の、大いなる神秘と奇跡。
万象を包む闇と、心を満たす光、 
敬虔な息づかいと、切実な祈り。
神の愛の充溢を、いかに分かちあえるだろうか・・・

ふと目にした、詩人・河津聖恵のツイートが、
その想いを、簡潔に、純粋に、情感豊かに、
あますところなく伝えていた。


私はキリスト教の信者ではないが、
今夜どこからともなくみちる、聖なる空気がたしかにある。
キリストという存在が、
なぜこれほど長く、多くの人の心を励ましてきたのか。
今この闇の深さによってこそ、
みえてくるものがあるように感じる。

聖なる空気がみちる、という感じ。
それは牛の乳は一点から出るが、
それを作り出しているのは身体全体だという
ヴェイユの箴言を思い出させる。
世界という身体全体が、今夜。

信徒ではなくても私は、イブには格別の深さを感じる。
母親が熱心な信徒だったので、小学生の頃通わせられていた
日曜学校の仲間と、聖夜の劇をしたこともあった。
マリアの役は拒んで笛吹きになったが、
あの頃の闇は、ずっと心に残っている。

その闇が闇のまま、深まっている気もする。



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荒天のクリスマスとなりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
みなさまがたも、ご家族や友人、愛犬愛猫とともに、
思い思いの、温かい聖夜を過ごされたご様子で、
ブログ記事を読ませていただきながら嬉しく思いました。

明日にもなれば、日本の街角では、
ツリーもサンタも一斉に退場させられ、
慌ただしく、お正月の準備がはじまりますが、
天体の運行に従い、太陽暦の新たな一巡のはじまりを祝う
晴れやかな気持と、豊かな分かち合いも大切にしたいですね。

今日の世界情勢を思えば、暗澹たる気持になりますが、
祈り、かつ自らも行動する、確たる信仰を持ちたいです。


クリスマスの深夜に、
カトリック教会の典礼で捧げられる聖歌。
「おお、大いなる神秘(マグヌム・ミステリウム)」


“O Magnum Mysterium”





O magnum mysterium,
et admirabile sacamentum,
ut animalia viderent dominum natum,
iacentem in praesepio.
O beata Virgo, cujus riscera meruerunt
portare Dominum Jesum christum.
Alleluia!

おお、大いなる神秘、
奇《くす》しき秘儀。
家畜らが、生まれし主を見る、
飼い葉桶に横たわる、主をば見る。
おお祝されしマリア、汝が胎は尊きものなりき、
主イエス・キリストを宿したるほどに。
アレルヤ! (訳詞:那須 輝彦)



2千年前のイエス・キリストのご誕生は、
世界中の厳しい環境のなかで、安心して生まれて来る場所がない、
子どもたちの状況を思い起こさせます。

しかし今でも、
「安心して産むことができる環境がない母親」
「生まれて来る場所がない赤ちゃん」が、日本にはたくさんいます。
残念ながら、これが依然として、日本のなかにある現実です。

今夜、主の降誕をともに喜び祝いながら、
わたしたちもキリストの愛によって、
すべての命が温かく迎えられる社会を築いてゆく決意を、
新たにしてゆくべきではないでしょうか。
(大塚了平 福岡教区司祭)



イエス・キリストだけではない。
すべて生まれてくる子どもたちは、
国も、人種も、宗教も、身分も、出自も関係なく、
神に愛され、祝福された、尊い命の授かりもの。
「大いなる神秘」とは、受胎と妊娠、出産そのもので、
命の尊厳こそ、クリスマス本来の意義だと思います。

だからこそ、この地上の、全てのいのちの始まりに、
暴力と強要ではなく、神の祝福に与る、愛と慈しみがあふれ、
すべての家庭が、思いやりと健やかさに満たされんことを。

授けられた子供の出自や性別、障害の有無などを理由に、
誤った価値観で、いのちの取捨選別がなされることなく、
世の悲惨な環境のなかで、愛されるべき命が奪われることなく、
何よりも守られるべき、母親と子どもたちが大切にされ、
だれもが幸せに生きてゆける社会を創るために、
これからも怖れず怯まず、前に踏み出したいです。


冬の天上に輝くクリスマスツリー。

無題
クリスマスツリー星団(NGC2264)


(クリスマス共同祈願より)
み旨に従い、救い主の誕生のために仕えたマリアのように、
わたしたちも、祈りと奉仕をもって、
神の計画に、貢献することができますように。

争いと分裂に苦しむ世界のために祈ります。
キリストの光が人々の心を照らし、
ともに平和への道を歩むことができますように。

貧困や虐待の問題に立ち向かい、社会のつながりのなかで、
未来への希望である子どもたちのいのちを、
大切に育ててゆくことができますように。
混沌としたの世の中で、確かなものを求めている人々の心に、
主の降誕の福音が響きわたり、希望と安らぎが訪れますように。


Gloria in excelsis Deo  
Et in terra pax hominibus bonae voluntatis.


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神を待ち望む季節「目を覚ましていなさい」
2017-12-03 Sun 23:18

いま、冬の夜空には、
今年もっとも大きく明るいと言われる
美しい満月が輝いていることでしょう。
その乳白の光の真下で、冬の王者オリオン座さえも、
遠ざかり、ぼんやりと影薄く、霞んでみえることでしょう。

クリスマスの季節ですね。

今日12月3日の日曜日は、待降節第1主日でした。

カトリック教会では、クリスマスのことを、
(キリストの)降誕祭と呼んでいますが、
クリスマスを準備する期間を、「待降節(アドヴェント)」と呼び、
4週前の日曜日から始まります。(「主日」とは日曜日のこと)
教会では、待降節から新しい典礼暦の一巡がはじまります。

待降節の期間には、アドヴェントリースとも呼ばれる、
常緑樹のリースに添えられた4つのキャンドルが飾られ、
1週ごとに、ひとつずつ灯りを点してゆき、
キャンドルの灯りが4つそろうと、クリスマスを迎えます。
信者ではなくても、キリスト教系の学校などに通われて、
お祝いされた行事を、思い出される方もおられるでしょう。

日本での一般的なクリスマスは、
年末の街角を彩る、華やかな雰囲気として定着していますが、
サンタクロースやツリーやキャロルのイメージは、
多分にアメリカの商業主義から入ってきたものなので、
ここではふつうに教会で祝われる、慎ましくも心豊かな、    
本来的なクリスマスをご紹介したいと思います。

待降節には、ふたつの意味があり、
ひとつはもちろん、クリスマスの準備期間として、
救い主を預言した、旧約聖書の言葉に耳を傾けながら、
神の計画によるキリストの降誕を追体験するものですが、
またそれを通して、世の終わりにおけるキリストの来臨、
神との新たな出会いと、永遠のいのちに心を向けながら、
悔い改めと浄化、希望と喜びをもって待ち望みます。

キャンドルの色と意味するものは、それぞれ、
第1主日が濃紫(償いと浄化)、第2の主日は薄紫(希望)、
第3主日が桃色(喜び)、第4主日は白(世の闇を照らす救いの光)で、
このあたりは、信仰に関心がなければ、特にどうでもいいのですが、
この国では、いつまでも少数者でありつづけるクリスチャンとしては、
さらに慎みと遜りの思いをもって、過ごしたいと思います。

パレストリーナの神秘的な聖歌をどうぞ。



Gloria in excelsis Deo  
Et in terra pax hominibus bonae voluntatis.
いと高きところには栄光、神にあれ。
地には平和、主の悦び給ふ人にあれ。


<待降節第1主日 福音朗読>

そのとき、イエスは弟子たちに言われた。

気をつけて、目を覚ましていなさい。
その時がいつなのか、
あなたがたには分からないからである。

 それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、
 僕(しもべ)たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、
 門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。

だから、目を覚ましていなさい。

 いつ家の主人が帰って来るのか、
 夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、
 あなたがたには分からないからである。

 主人が突然帰って来て、
 あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。

あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。
 

目を覚ましていなさい 

(マルコによる福音書13章33~37節)

キリスト教信仰や思想信条には関係なく、
つね日ごろから、目を覚まして過ごすことは、
生きる姿勢としても、大切なことだと思います。
そして、ここで言われる「主人(夫ではない)の帰宅」とは、
人生における重大で、決定的な出来事の不意打ちです。

原発事故も、それに続く大規模な政治的反動も、
今日が来たように明日も来ると、誰もが信じていたところに、
ある日突然、日常を引き裂いて、容赦なく襲ってきました。
心ある人々は、たびたび警告や批判を繰り返してきたのに、
私たちは耳を傾けるよりも、根拠のない楽観を優先しました。
そのうえに、悔い改めなき希望を重ねても虚しいだけです。
それは、次の深刻な事態を招く危険にも繋がります。

キリストは、マルコ福音書のなかで、
「目を覚ましていなさい」と呼びかける前に、
「人に惑わされないようにしなさい」とも警告しています。

生き方や価値観の多様性や、異なる意見や文化への寛容が、
その内容までも深く、厳しい吟味と淘汰を経ることなく、
新しいお題目として喧伝されるようになりましたが、
それと引き換えに、個人の尊厳や命の重さ、真理や正義までもが、
限りなく相対化され、矮小化され、軽んじられるようにもなりました。
より小さな人々は、都合よく分断され、寄る辺もない孤独のなかで、
世の危険な動きに巻き込まれながら、抵抗するすべもありません。

いろんな人が、いろんな巷説や意見を唱えますが、
神が人間に与えた、掛けがえのない個性の豊かさと、
人々が互いを生かし、尊重し、認めあう寛容さは、
すすんで譲ることができるものと、決して譲ってはならないものが、
明らかにされ、守られていなければ、成り立つことができません。

なにものにも目を曇らされることなく、おのれにも甘えることなく、
国や民族、宗教も、時代をも超えて、人類が求め続けてきた
真理と善、正義や平和いう、普遍的な価値や理想を尊び、
現実の困難を前にしても、その実現を悲観することのないように、
神とともに、目を覚まして歩んでゆきたいです。

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NGC 7822: Stars and Dust Pillars in Infrared
Image Credit: WISE, IRSA, NASA; Processing & Copyright : Francesco Antonucci


別窓 | 私的歳時記  | コメント:2
子どもたちに「逃れる道」を示そう
2017-08-31 Thu 21:06

処暑を過ぎると、縁側に、ほんの少し陽が入るようになる。
牧草のように青々としていた水田にも、稲穂が見えはじめ、
ツクツクホウシが無心に羽を震わせ、初秋の夕空に月舟が浮かぶ。
地から湧き立つような虫の雅楽が、今夜も涼やかに聞こえる。

今日で8月も終わる。
大人には今日も明日も、あいかわらず忙しいだけだが、
この日の意味を肌身に感じているのは、もちろん子どもたちだろう。
9月を待たずに、学校がはじまる地域も多いが、
夏休みというものは、できるだけ長い方がいいと思う。

始業式などは、秋分の日を過ぎてからでも充分ではないか。
7月8月は思い切り遊んで過ごし、宿題は9月に入ってすればよい。
学校には、夏の疲れをすっかり癒し、心身の調子が整ってから、
また通いたいと思う子どもたちだけが、通えばよいのではなかろうか。

先日、ネットであまりにも辛い記事を読んだ。
毎日新聞コラムの、「学校へ行きたくない」という記事の一部を
引用、紹介したいと思う。⇒元記事


 内閣府が2015年に発表した「自殺対策白書」に、多くの人が予想はしつつ、ショックを受けた。白書は2013年までの約40年間に自殺した18歳以下の小中、高校生約1万8000人について、その日付を明らかにした。

 それによると、多くの学校で新学期が始まる9月1日が131人と突出していた。この日をはさんだ9日間をみると、約40年で700人以上が自ら命を絶っていた。毎年この期間、日本のどこかで20人近い子どもが自殺しているという現実だった。



なんということか。
一般には「ブルーマンデー」といわれるように、
月曜日の朝に、自殺者が多いのは知られているが、
子どもたちの場合は、夏休みが終わり、
新学期がはじまる、いまこの時が、最もつらく苦しいのだ。
不登校や退学も多くなる時期だが、追い込まれた子どもたちの心は、
生き地獄という言葉すら、なまぬるいものではないだろうか。

コラムを読んだ40代の読者が、自分の子ども時代を思い出しながら、
吐き出すように、「おぞましい季節」と表現していたが、その通りだ。
この方は、自分がよく今日まで生き延びたものだと、感慨していた。

「学校へ行きたくない」のは、決してわがままではない。
学校のことを、罪無くして放り込まれた、刑務所のように感じても、
大袈裟であるどころか、ある子どもにとっては、それがリアリティだ。
ナチの収容所を生き延びた心理学者、V・フランクルの言葉は重たい。

『人間は相当な苦難にも耐えられるが、
 意味のない苦難には耐えられない』


無意味で単調な労働を課せられた人間は、心を病んでしまう。
かといって苦難に耐える意味を、他から都合よく与えられても、
一時的には持ち堪えるだろうが、やがて自分が欺かれたこと、
利用されていることが判れば、そこで麻薬の効き目は終わる。
あくまで自分自身で選ばなければ、意味はないのだ。

それは子どもたちにとっても、おなじように当てはまるだろう。
最悪なのは、意味のない物事に、大人が無理やり意味をこじつけ、
それを理由に苦役を我慢させ、飽くまで頑張らせようとする態度だ。

いじわるな友達、無理解な教師、ついてゆけない授業、
がんじがらめの規則に、毎日のように長時間拘束されながら、
競争を強いられ、自分を無価値だと思い込まされ、人格を否定され、
あるいはいじめや暴行、恐喝にも曝されるような非人間的な環境に、
命がけで堪えぬく意味や目的が、本当に「将来のため」であるならば、
そんな奴隷たちが支える未来とは、冗談ぬきの暗黒社会である。

子どもたちが、学校を徹底的に拒むのは、
人としての尊厳が、そうさせるからだ。
そこには、大人社会への鋭いメッセージがある。

子どもたちはそれぞれが、深い想いと真剣な問いを抱いている。
しかしまだ語彙も少なく、筋道立てて冷静に話をするのは苦手だ。
家族を安心させるために、心では泣きながら、顔では笑おうとする。
やりきれない気持を、「死ね」などの暴言で、言い表すこともある。

単純な大人は、内面を想像することなく、笑顔は幸福の証だと考える。
世の中への真摯な問いかけや純粋な願いは、「中二病」と揶揄される。
苛立ちの余り、子どもがやっとの思いで吐露した想いを、頭から否定し、
お前はダメだと言わんばかりに、不機嫌な顔で説教する人間もいる。

人生の先輩としての、上から目線の理解や指導ではない。
おなじ地面に倒れての、心からの共感はできないものか。
だれもが、かつては子どもであり、若者だったではないか。
夢を潰され、希望を絶たれ、真面目さと純情を踏みにじられ、
抵抗も虚しく大人社会に同化された、そうではないだろうか。
おなじことを、次世代に繰り返していいとは思わない。

必要なのは、子どもたちが追いつめられ、不幸にも自死によって、
理不尽に屈する前に、現実的な「逃れる道」を用意することだ。

文科省も、学校へ行かないことを問題行動であるとはみなさず、
選択肢の一つとして認め、これまで失敗してきた経験を踏まえて、
とにかく早く学校に戻すことが、解決策であるとは考えていない。

行き場を失った子どもたちが、命を絶つだけでなく、
非行や犯罪、売春や麻薬などに走り、闇社会の食い物にされて、
身も心も、容赦なく破壊されてゆく悲劇は後を絶たない。

だからこそ、たくさんの「逃げ道」を示そう。「隠れ家」を築こう。
身も心も気兼ねなく休養できる、ホームベースを整えよう。

長期間引きこもるのもよい。趣味に没頭するのもよい。
転校するのもよい。風景が変えれば、気持が変わることもある。
充分な食事を取ることも大切だ。子どものための電話相談もある。
フリースペースなどの受け皿も作られている。

学校へ行かないくらいで、子どもたちに無用の罪悪感や、
人間不信、将来への不安など抱かせてはならない。
子どもを守れない社会に、未来はないではないか。
心ある、頼もしい大人は必ずいると信じてほしい。

人生に決められたレールはない。
ただ、人の道を歩めばよいのだ。

コラムには、電話相談の連絡先が記されていたので、紹介したい。

チャイルドライン

0120-99-7777

チャイルドラインのホームページはこちらになる。
⇒ http://www.childline.or.jp/index.html

他にも、様々な支援がある。

法務省「子どもの人権110番」 
⇒ http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html

不登校新聞 
⇒ https://futoko.publishers.fm/issue/4003/


どうか、繋がる一歩を踏み出して欲しい。


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西洋アサガオが元気いっぱい、木をつたって屋根まで登ります。


別窓 | 子ども・女性・家族 | コメント:2
盂蘭盆会
2017-08-15 Tue 17:34

秋の立つ日はあらしだった。
ふたつの原爆忌が、立ち止まり、過ぎていった。
ペルセウス座流星群の夜が明けると、
先祖の眠る山を訪ね、お墓掃除とお参りをした。
その夜は、庭先で迎え火を焚き、家族で読経した。
そして今日は終戦の日。昨夜からつづく雨。

毎年お盆前には、菩提寺の和尚さんが、檀家を棚経に回られるが、
今年は蝉しぐれならぬ台風の朝、降る雨の中をお越しになられた。
わが家では床の間に祭壇を整え、位牌を祭り、庭先には水棚を祭る。
ここ岡山地方では「お盆」のことを、なぜか「ボニ」と呼ぶ。

お盆は日本人の伝統的な祖霊信仰で、精霊会、魂祭とも呼ばれる。
もともとは、仏教でいう「盂蘭盆会(うらぼんえ)」の略称で、
「盂蘭盆」とは、サンスクリットの「ウランバナ」の音写だそうだが、
ウランバナとは死後、餓鬼道に堕ちて拷問を受ける激苦を指すという。
お釈迦様の弟子が、地獄で苦しむ母親を供養した由来と、
伝統的な祖霊信仰が融合され、独特の仏教行事になったといわれる。

お盆には先祖供養の他にも、「施餓鬼」という供養が行われる。
無縁仏や、供養されない精霊(餓鬼仏)のため供養で、この地方では、
庭先に水棚を作りお祭りするが、「施餓鬼」は戦乱や災害、飢饉などで、
無残に命を奪われた死者たちの供養として広まったといわれる。

慌ただしい帰省と家族水入らずで過ごすお盆とは、本来、
生死を超えて霊の救いを願う、なんと悲壮で切実な祈りであろうか。
盆踊りも夏祭りや習俗である以前は、魂を慰める供養であった。

それは現世が、生きることそのものが、悲惨と苦悩に満ちているからだ。
地獄とは絵空事ではなく、この世にこそ、紛れもなく存在する。
人間の根源的な罪業、生きるも地獄、死ぬも地獄という、
わが身を責め苛む、終わりなき因果と輪廻はいかばかりのものか。

この修羅と呵責の凝視こそが、人類の基層を成す精神世界であり、
あまねく慈悲と救済を志した、偉大な聖者らを生みだしたのだと思う。

お盆といえば、子どもの頃は古い風習や梵語に興味津々だったが、
若いころは準備が煩わしく、わざと避けて、海外で過ごすこともあった。
だが歳月とともに、死者たちの存在は、いっそうの重みを増してくる。

血が繋がろうと繋がるまいと、どこの誰とかはもはや関係もない。
この星に生き、死んでいった人々の、平安を祈らずにはいられない。
なぜなら地獄はいまなお、この星にどこかに、常に存在するからだ。
年を経るごとに、この季節の痛痒が、身に応えるようになった。

1945年(昭和20年)の盂蘭盆会の季節。

ポツダム宣言から受諾までの20日間は、あまりに長くて重たい。
死者たちを送るその日に、日本の最後の戦争は終結を迎えた。
それは果たして偶然だったのだろうか。祖霊の導きではないのか。

爾来、この国の8月は、先祖を偲ぶ供養と、死者たちを悼む鎮魂と、
戦争を省みる慰霊の想いが重なる、特別な霊性をおびた季節となった。
無数の眼差しが、いまも厳かに、私たちを見詰め、問いかける。
盂蘭盆会は情緒ではなく、いまここにある痛苦の共有である。

里芋の葉に、銀河の露が零れ、時折ふと風が優しくなり、
真っ赤な鶏頭や、鬼灯(ホオズキ)がゆれる初秋。
夜には尺八と琴の音が聞こえ、虫たちが集く。

72年間、道を過たなかった日本人の歩みを、わたしは心から敬う。
腹切りをしたサムライや、無謀な戦争をした軍人ではなく、
戦争と差別を断固否定して生きた、名も知れぬ人々が残した血路を、
今日まで守り抜いてきた、戦後の民衆たちこそ誇りだと思う。

いつの時代にも、平和をかき乱す者たちは後を絶たないだろう。
だがそれに煽られて、憎しみと敵意を募らせることはないはずだ。
いったいだれが、だれを、なにを、どういう目的で憎ませるのか?
人の心とは、それほど簡単に操られ、沸騰するものなのか。
生まれ育った国の名を、差別と排斥の許可証にしてはならない。

あなたたちが、
引き裂き、憎ませ、殺し合いをさせたくとも、
わたしたちは、
愛し合い、手を握り合い、平和を創ってみせる。


いま、この国で半世紀を生きた者としての、偽らざる想いだ。

戦争は、人の心の中で生まれるものであるから、
人の心の中に、平和の砦を築かなければならない。

(ユネスコ憲章前文より)

二度と私たちは、この世の地獄を作ってはならない。
そして自らもすすんで、地獄に堕ちてはならない。


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別窓 | 私的歳時記  | コメント:0
シンプルな真実
2017-07-31 Mon 17:07

言葉には命がある。
言霊を汚してはならない。

丁寧な説明ではなく、シンプルな真実を語ろう。

嘘いつわりは、自他を欺き、身を亡ぼすもととなる。
隠したものも、いつの日か、明らかにされるだろう。


加計学園獣医学部問題。

なによりも粗末に扱われ、最も忘れ去られたもの。
だれからも問い糺されず、見向きもされなかったもの。

それは数知れぬ、物言わぬ動物たち。

犠牲と感謝を取り引きする欺瞞によって、
限りなく虐殺され、人間に供される無垢のいのち。



別窓 | 小さないのち | コメント:2
春夜雪花
2017-04-12 Wed 11:03

いまも、この星に季節がめぐり、
すももの花が、今年も誇らしく咲き零れようと、
夢幻のときは、終わりから眺めてこそ、
より慕わしく、愛しく、惜しまれもしよう。

みずからのいのちの終わりを、
世の終わりに、重ねてみるでもないが、
やがて向かうべき、地の涯の断崖が、
いやおうなく、視界に映るようになったいま、
常夜に入るまえに、しばらく留まる間、
沈黙を、新たに聴こえさせる、星霜の語らいを、
だれに咎められても、やめないことにしよう。

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どこぞから来た天使の受胎告知を、みな退けて、
嫁ぐことなく、わが子を産み育てる汚れなき処女は、
やがて雨季の、青が散乱する光粒を纏うて、
血膨れのような果実に、その身を変容させる。

天海に船出した、若い日は遠ざかり、
あらしに耐えた果樹も、古木となり久しいが、
月のない春の夜ふけには、しばしここへ来て、
雪のような花衣の袂を、そぞろ歩きながら、
そわそわする予感に身をまかせよう。

まだ姿は見えないけれども、幾年月
わが命の絹を纏うた、苦悩の精霊たちが、
いつしか、ようやく安らぎ憩える、
清らかな依り代となるために。

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The Force Theme
2016-02-03 Wed 00:00



夜空に輝く満天の星から星へと、
超光速の翼で天翔けることができたら…
そこでは人間という種族など、
多種多根な生命の、ほんの一部に過ぎず、
地球人なら「神」と呼ぶ優れた力も、
異なる方法と理解によって信仰されている。

なにごとも、はじまりはひとつの出会いからだ。
人が運命に招かれるとき、不思議な縁は必然でもある。
準備がととのったある日、みしらぬ風が窓枠を掃う。

世界は、謎と不安に満ちている。
生命とは、驚くべきものだ。
限りなく美しく、一転しておぞましく、
恵みでもあり災いでもある。
慕わしいのによそよそしく、
抱き寄せもすれば、震え上がらせもする。
人の心にたえず語りかけ、するどい疑問を投げて、
真実への探求をうながす。

そこには、目に見えるものだけが実在するのではない。
隠されたものが数多あり、
心の眼が開かれるのを待っている。
欲という束縛のない子どもの本能は、
その声を聴き分ける。
すべての生命に宿る、至高の宝をつかむための、
冒険に旅立つために。

はるかな国に憧れた遠い昔、
その大それた望みや、魅惑の対象がなんであれ、
おそれも疑いもなく、あふれる夢と好奇心を、
澄んだ瞳で語った、純真な子どもだったころが、
だれにでもあったはずだ。

子どもたちは故郷を飛び出して、
思い切り自分を試したいと望んでいる。
宇宙のどんな生命とも、
分け隔てなく、愛し合えると信じている。
不幸な人々の重荷を、すすんで背負いながら、
奴隷たちを解放する、力を得たいと願っている。
不運だったのは、出会ったどの大人たちもが、
偉大な師匠ではなかったことだな。

人間の最大の不幸は、
自分がなにものかを、知らないまま生きることだ。
神から託された貨幣に不満を抱き、
いつしか全部、腐らせてしまうことだ。

いくつもの機会が、
素っ気なく通り過ぎていったのはなぜだろう?
涙をふいて、追い続けた夢を手放したのは、
いつだったろうか?
諦めることを、大人になった証拠だと、
開き直ってしまったのは?
自分ではない自分を生きる軛を、
すすんで受け入れてしまったのはなぜ?

どんな重圧が、命令と打算が、
そんなことをさせてしまったのか。
力の及ばぬ物事までも、
すべてあなたの責任だと、だれが呟いた?
ささやかな取り引きで得た幸福と笑顔は、
どんなにか不安だろう。

闇に迷ふよりも、光に盲いてから、
どれくらい経つだろうか?
小さな花、ひとひらの雪にも、
心痛めずにはいられなかった素直な日々に、
ふたたび、まみえることはないのだろうか?

いまではもう、聴こえないのかい? 
風の夜に、樹の葉を掠める星雫のような、
未知からの潮騒は。
ある日、砂漠を越えてきた旅人が、
扉を叩く懐かしい音は。

砂を噛むような日々にも、
星と霜の畑を鍬鋤で耕しながら、
子どものように信じて、待ちつづけた心に、
ふたたび種が播かれる。
季節の実が熟すように、
ふさわしい時に、ふさわしい交わりが、
黄昏のあとに、聖なる闇が降るように、
運命の炎が、孤独な魂を包む。

歳月を焦がし、険しい山に連れ出すのは、
力ある者の優しい計らいだ。
どんないのちも、嵐なき安逸のなかでは、
たちまち窒息するだろう。

未来が曇っているなら、
あなたの意思で、昼と夜に分け隔てればいい。
世界が混沌としているなら、
あなたの力で、破壊と創造をもたらせばいい。

人生の、最も創造的で困難なテーマとは、
束の間の肉の宿りから、
万有の生命に戻ってゆくその日まで、
何度でも大胆に、危険な尾根を踏破して、
本来あるべき自己を、
いくつもの顔をもつ神と、英雄たちの似姿として、
あらゆる体験をなしとげながら、
どんな瞬間にも、真のあなた自身を、
みずから選び取ってゆくことなのだから。

熱くもなく冷たくもなく、光でも闇でもないものは、
神の口から、吐き出される。

生涯を通して、あらゆる学びと知識と経験と、
自他をも隔てず、時空をも超えた無意識によって、
さらに終わりなき、とこしえの「道」として…

May the Force be with you!



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夜の刻んだ追慕
2015-02-10 Tue 10:55

風はまだ、冷たいけれど、
今日はじめて、梅が咲いた。
ふたりが国へ、戻って来られたなら、
春はすぐそこで、待っていたのに。

大人たちは、なんにもなかったように忙しく、
終わったことは、頭から、すぐにきれいに掃除して、
マリアムもムリアも、ナターシャも、
ルワンダの家族のことも、なんにも知らないまま、
いや、そんなことはどうでもいいほど、疲れきっている。

いま世界の、どこで戦争が起こっているのだろう。
血を流す人、涙を流す人が、なぜ見えないのだろう。
嬉しいこと、楽しいことしか、考えてはいけないのだろうか。
ニュースで知っても、聞かなかったことにしておけば、
極東の島国では、とりあえず、幸せに生きられるだろうか。

豊かで安全な国だと、自慢して暮らしていたら、
爆弾も降ってこないのに、心は、瓦礫になっていた。
酷い仕打ちを受けても、ニコニコ笑っていなさいとか、
この国は、世界でいちばん素晴らしいですとか、
アメリカ人は捕まって殺されても、自業自得ですとか、
そんなことを喋っている大人たちの、
轍のあとを、追いかけてはならないよ。

不正には、思いきり怒ればいいんだ。
傷ついた人のそばへ、駆け寄ることができるから。
暴力は、心から憎まなければダメなんだ。
そうすれば身を慎んで、過ちをおかさずにすむから。
人間のすることは、ぜんぶ神さまが、見ていて下さる。
黒づくめのその人は、だれよりも弱かったんだ。

遠い西の国に、夕日が落ちるとき、
シリアの砂漠で、最期にじっと目を閉じて、
祈ってくれた人のことを想いながら、
たくさんの涙を、勇気にしてゆこう。

乳色の三日月は、冷たい刃では、決してない。
あれは、声を奪われた子どもたちが、夜に刻んだ追慕。
ハルナとケンジに向かって、わたしたちが誓った約束。
イスラムの友であろうとした、クリスチャンが残した夢。
月が蔭りながらも、光を増して、やがて満ちてゆくように、
嵐にも負けない、潮の高鳴りのように、歩いてゆこう。

飢え死にさせられた、英霊たちのあと追わず、
霧に浮かんだ、歴史の影を、虚しくさまよわず、
あの空は、人が生まれるずっと前から、星を飾り、
何億年もの季節が、いまも大地を、麗しく装うように、
そうやってだれもが、母親から生まれた同胞として、
人が人を、殴り殴られることなく、生きられるように、
ただ、それだけの自由をもとめて。

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宇宙のエヴァ
2014-08-23 Sat 10:32

フレシサム、赤ら顔のお隣りさんの、
時を忘れた草原のふところは、
みずうみのように、万夜の身体を、
すっぽりのみこむ母さんで、
カムイシンタの、幼な児たちは、
月の籠もれる雪の森、ほのかな炉辺、
火のおばあさん神の、膝に抱かれて、
ゆらゆらと、星の揺り籠に夢を結ぶ。

けれども、商人が砂漠を踏むように、
戦士が財宝を貪り、囚人が森を拓くように、
金色にさざめく、プラーナの海を突き破って、
天上を侵犯した冒険者は、ひとりもいない。
そんなことをしたがってみせるのは、
石から生まれたばかりの、猿たちだけだ。

人の知覚は、光に盲いて、
肉は戸惑い、激しく震える。
光よりも高きもの、
不可知の雲の放電。
蓮花の真ん中に、
仏陀の智恵が宿るように、
おだやかな闇の、辺土には、
霊の孤独をいたわる、此岸の実。

いまも、憶えているか? 
どうにか、思い出せるか?
あの高い空は、とおいむかし、
わたしたちが捕えられ、
炎を立てる薪の上で、
最期に見つめた碧空。

神の沈黙。
宇宙の静謐。
慕わしい天の篝火、無音の虚空に、
思念ははや、言葉を有さず、
愛もまた、肢体を用いることなく、
瞳も眼差しも、腕も指先も、姿形も、
衣服も、食物も、住居も、財布も、
どれもみな、そこに投げ出し、
ぜんぶ置き去りにしておいで。

光と陰が反転し、
響きあい、全一に溶け合う、
霧よりも細やかな、
姿なき、在るものよ。

ただひとり、彼女だけが、神に招かれる。

残された地の子らの祈りが、
聖なる炎の、上昇を見まもる。

かもめよ、
星の鏃、涙の散光、真珠、
満ちてくる潮よ。
太陽と月にも劣らぬ、
ロシアの娘。

宇宙のエヴァ。
もし、あなたがなければ、
わたしのいまも、ここになかった。
燃える渇きも、癒されなかった。




ワレンチナ・テレシコワ
(Валенти́на Терешко́ва 1937年~)  

世界初の女性宇宙飛行士。旧ソ連。
1963年6月、ボストーク6号に搭乗。
71時間で、地球を49周しながら、
ボストーク5号とランデブー飛行にも成功。

いま、残された世界において、
テレシコワほど神話的な存在はいないだろう。

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火の夜の想い
2014-07-14 Mon 14:07

雲の入江は、古い風に閉ざされて、
車の軋む音だけが、いつまでも響きます。
鈍色に垂れ込めた 水滴の皮膚を、
地の貪欲が、無慈悲に染めています。

火の夜に胸が潰れて、息も絶えそうな心は、
暁の光に、骨まで微塵に、砕けてしまいましょう。

よそよそしい昼のあいだを這いながら、
黒く焦げた十字架を探しましたが、
会う人ごとの、煤にもよごれぬ笑顔が、
いのちの破片を、せわしく掃除しているだけです。

やがて夕が来て、家に戻ると、雲の外で瞬く
ふたつの星が、虚空にまどう夜の隅で、
火採り蛾はやはり、すすんで炎に赴くのでしょうか。

いくさの神、正義の女神に、こころ騒ぐ夜ごとに、
情愛を焼べた、真白な灰のあとから、
まだ熱いままの、自由を拾い上げなさい。

希望とは、絶望の闇にだけ輝く 灯のことです。
近づいて 摑もうとすれば、もどかしくも遠ざかり、
そこにいればこそ、漣のように素足を洗うでしょう。

世はなんにでもすぐ、癒しと慰めを与えます。
けれどもあなたは、戻って来なさい。

静かに、罪を焼き滅ぼす、業火に堪えながら、
時のおとずれを、固く信じて待ちなさい。

キリエ・エレイソン(神よ、憐れみたまえ) 

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星の間隙
2014-05-12 Mon 10:14

さまざまなものごとの埒外にある
隠されたコードに導かれつつ・・・
目盛りよりも、間合いこそ大切だという、
だれしも経験ある、 単純素朴な実感として・・・

星を見つめる瞳は、
宇宙の深さを宿すそうだ。

・・・東の水平に現れた月の姿に、
海に去った、恋人の嘆きを奏でる、
サッフォーの調べのように・・・
甘美にも、身体には、宇宙が彫られ、
宇宙には、身体が移される、そのとき。

予感しながらも、躊躇する。
人ははじめ、完璧な球体だった。
詩が、奇跡であるように・・・
愛が、もういちど求める結合。

宇宙とは、畏怖すべきもの。
万物もまた、そうだろう。
ひとたび生まれ、存在した生命は、
二度と滅びることはない。

夜明けとともに咲き、
昼までには萎む花のように、
人との出会いと別れも、
いまこれが、最初で最後となるとしても。

永遠とは、始まりも終わりもない、
輪廻のことではなく、
不死とは、 病んだ臓腑を取り替える、
細胞の若返り技術ことではなく、
記憶とは、 脳髄を駆けめぐる、
貧弱な電気信号ではなく、
人もその歴史も、満点星の下の
決して「ちっぽけなもの」ではない。

けれども、星辰の間にあっては、
人は慎ましく、謙遜であらねば。

想像力とは、 時空を観自在に飛翔する、
天女の羽衣なのか?
それとも、 鉄の靴が擦り切れるまで、
人の重荷を運ばされる、牛の歩みのなのか?

天の星は、どれも過去の光。
時間は、晴れた空間になる。
けれども人々の隔たりは、
さらに遠く、離れて、曇り、淀んでいる。

・・・光を・・・跳躍できるのか?
「鉄の靴」が、おそらく成し遂げる。
だからわたしは、軽々しく「愛」を弄して、
「愛」の全能に惚けるところを離れる。

天地の隔たり、 まことの愛の不在、
人の欲の残酷さに、徹底的に傷いて、
打ち砕かれた骨を、神の供え物とする。

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星の聖痕
2013-12-09 Mon 21:28

12月6日の夜、参議院本会議において、
『特定秘密保護法』が可決・成立。
不戦を誓った、日本国の心臓に、またひとつ毒矢が放たれた。

その瞬間を、インターネット中継で視聴した。
頭が真っ白になり、賛成・反対の票数さえ、聞き取れなかった。
人間にとって、もっとも大切なものは、自由だ。

とりあえず、さまざまな印象を、詩の言葉に託そう。
「この星に生きる、いのちのひとつとして」(山本太郎)。
まとまった感想はできればまた後日に、あらためて。
今夜はすこし静かな物思いにふけりたいのです。
Armageddonより、静謐なピアノアレンジでどうぞ。






星の聖痕


夏は沈み、秋も過ぎ去り、月も金星も消えた、
その夜の底は、暗く、冷たく、よそよそしかったか? 
真夜中は、隕石のように熱く、轟いて、闇を焦がした。
上気する大洋の幻ではなく、取り戻すべき明日が肉眼で見えた。
あてなき夢やうつろな瞳は、もうどこにもなかった。

どれほど打ち砕かれても、かならず立ち戻る。
地の息が霜となった朝、旅する彗星を消滅させた、
あの太陽よりも遥か昔に、わたしの命を創られた神のもとに。
千も万も吹き荒ぶ、世の嵐に抗しながら、あなたの園へ。
夕の風が吹くころ、だれにも隠れずに、もういちど自由に、
楽園の果実ではなく、蒼穹の星に、両の腕を差し伸ばすために。

自由である誇りに、胸を張って歩いてゆこう。
やがて、弓矢も凍る季節がおとずれようとも、
逃げ出して道に迷い、凍える友らを叱らず、励ましながら、
ひとりからひとりへ、手と手を握り、傷と傷を重ね合わせて。
雪の衣を血に染めた、気高い姉妹たちを悼みながら、
その日を恐れず、歴史の荒野に光の種を播き続けよう。
葬られた過去は、足音のように消え果てぬ、未来に埋められた地雷。
子どもたちの四肢が吹き飛ぶ前に、わが身を与えよう。

それからどこまでも高く、限りなく上昇してゆこう。
この小さなふるさとだけが、いのちの棲家ではないのだから。
人はもう、鈍色の雨の野で無心に花を摘む、悲しみの器ではなく、
火の衣を落とした冬木立のように、威厳ある七つの光を纏う。
自由な魂は、風見の鶏に道案内を頼まず、
ただひとり立って、神とともに歩み、
いく世も明けぬ闇夜の、絶望と苦悩と不幸を肩に負い、
海の極みを踏んで、重力に耐えぬく。

あの月の面に、どれほどの岩が降りそそいだことか。
乳白の頬を無残に裂いた光条は、霊魂の消えない焼印。
人となり、人のあいだで生きた、神の受けた傷、流した血。
いくたびも混乱し、破壊され、人の罪業に滅びかけた世界は、
聖痕に焼かれた小さき者たちの、まったきおこないにより、
ようやく赦され、救われ、贖われて、朝ごとに生まれ変わる。
人知れず、犠牲は成し遂げられ、世界は更新される。

奇跡の星に生まれて来る、まだ見ぬ子どもたちよ。
天の十字架が風の大地に突き刺さる、美しい冬の夜よ。


地球2

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仲秋夜半
2013-09-20 Fri 00:00

名月は、東の空に愛でるもの。
宴の尽きた、真夜中の丘には、
白い衣の、女たちの輪舞。

太陽は昼を、
戦士たちと過ごし、
月は夜を、
死者たちと過ごす。

P9211024.jpg


夜半の真白な庭。
星の消えた虚空。

親の目を盗んで冒険する子どもが、
深夜の裏木戸を、ギィーと開けるように、
魂は、おののき騒いで漕ぎ出す、
まっすぐに垂直の空へ。

天の光を、肉に宿し、
目を回して、墜落する。
欲望が、海に網を仕掛け、
銀の鱗を捕える。

世界のはじまりから、
一睡もしない、神の姿に、
悔い改めもせず、わがままに祈る。
力や慰めや、平和や幸いを
早くよこせと、要求する。

安らいで、人は寝入る。

くりかえし、地は震える。

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水蓮
2013-09-17 Tue 09:52

秋晴れの空よりもいいのは、
紗のような雨音やさしい、
露色をした9月の午後。

炎暑の季節を越えられなかった、
いのちのために。

suiren.jpg


眠らない工場で干からびた若者の骨。
胃まで焼け焦げて死んだ、節電のお年寄り。        
殻を脱げず力尽きて、餌食になった蝉。
子どもの網の中で、羽を毟られた蝶の弔いに、
天日が顔を覆って、涙をそそぐのに、
人は急かされて、また仕事に連れ戻される。

夏山は、豪奢な緑の絨毯ではなく、
海辺にも、清涼剤の波は打ち寄せず、
空を映した池に浮かぶ、水蓮の無心もまた、
ただ微笑ではないのに。

そうやって、なに知らぬまま、
今日また、踏み越えてしまうのか。
いつか世界とお別れする、
暦の確かな日付・・・

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星の記憶 記憶の星
2013-09-16 Mon 09:41

この荘厳な、瑠璃の姿を見るたびに、
このなかでいま、自分が生きている実感よりも、
ながいながい旅を終えて、ようやく戻って来られたような、
懐かしさと安らぎに、涙があふれるのはなぜだろう・・・・・


瑠璃玉


星にもっとも近いものは、花が宿した命。
足元で踏み潰してしまった青い花たちが、
あなたに残したいのちの香りを、忘れないでください。
目には見えない、調べのような、いく世代もの悲しみです。

墓守りをする女人が手向けた、花に秘めた愛のなかで、
無限に広がり、解き放たれてゆく記憶の波が、
生まれてくる星、死んでゆく星のすべてを、千変万化させる、
輝ける、母の身体となるのです。


月下美人



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茶色の真昼
2013-07-21 Sun 14:04

いつまでも眠られず、安らかさと苛立たしさ、
静けさと騒めきに、胸が奮えた夏の夜。
シュロヤシの葉を滑るように、
月が降りてきた庭の、幻花の香。

これから、どうなるのだろう・・・

子供たちが知らぬまに、銀河鉄道に乗せられて、
天の川の砂浜を北から南へ、神妙に旅しながら、
アルビレオの観測所から、蠍の火の間近を過ぎて、
そのずっと先のサウザンクロスまで向かうのを、
絶対に、止めさせようとして、
ただひとり立ちはだかった人の、弛まぬ歩みは、
いつの日にか、海をも割るのでしょうか。

生きたい。
生きよう。
みんなで、生き延びよう。

真昼の子供たちへ。
焦がされた原子野をあとにして
西の国へ南の国へ、無事に旅立ってください。
西へ南へ、はやく逃れてきてください。
冬になったら、この窓からいっしょに、
地平を掠める南極老人星を眺めよう。

100万年の核に汚染された、赤い地の表には、
虫も喰わないきれいな作物が、びっしり植わります。
瀕死の大地は、多産にあえぐ命の工場。
会社の命令で、種は悶えながら自殺します。

茶色の朝が、今日も扉を叩きます。
死の太陽が、じりじりと照りつけます。
お父さんたちは、みな奴隷です。
お母さんさんと子どもたちは、みな家畜です。
人間なんてもうありません。
あるのは数字と数量だけになりました。

食べ物が並んでいるのに飢えてゆきます。
水もたくさんあるのに飲んではいけません。
病気になっても、お医者には診てもらえません。
薬もあるのに、売ってはもらえません。
事故に遭っても、救急車は来てくれません。

八百万の神さまは、公僕にされてしまい、
いちばん偉い神さまは、お金になってしまいした。
だれにも値札がついていて、売り買いされるので、
高く売れるように、一生懸命自分を磨きましょう。
それが幸せな人生なんだよ。
大人たちが多数決で、そう決めてしまいました。

日の丸の昼間は怖いから、笑顔で過ごします。
けれども夜は耳を持っていて、微かな沈黙を聞きとります。
どこかで枷を壊し、閂を外す音が聞こえます。
お母さんと子どもたちは、遠くへ逃げる支度をします。
お父さんも、早く仕事を辞めようと心に決めています。  

剣を打ちなおして鋤として、槍を打ちなおして鎌として、
咲き続ける花の心を、砕けぬ武器としましょう。
木槿の花と天女の花、
牡丹の花と桜の花
梯梧の花と梅の花

血を流すよりもたくさん、惜しみなく流すのは、
怒れる男たちと、惨苦を共にする煮沸の汗。
怨める女たちと、懊悩を共にする火炎の涙。

人の汗と涙がつくった、海よりも深い湖沼のなかに、
死の太陽がのみこまれ、底に沈んでてゆくまで、
いくらでも差し出しましょう。
死に急がず、生きて、生きて、生き抜いて
最後の一人になるまでも。


※ 文中にある「茶色の朝」とは、フランク・パブロフの寓話からです。
  ナチスの制服を連想させる、「茶色」が意味するものとは?
 

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さようなら、わたしが愛した日本の国
2012-12-17 Mon 09:18

いまはなぜか、昨夜よりも、平静に過ごしています。

この残酷な結果は、すでに見えていたから。
午後8時には、自民圧勝。
単独過半数を確保と、発表されるということも。
おおかた予測できていました。

大震災のあと2012年12月、安倍「極右」政権成立。
こんなことになるだろうと・・・


さようなら、わたしが愛した日本の国

今日でさようなら、
わたしが愛した日本という国。
崇高な理想をめざした影絵ような国。
それはいま過去になった。

原子の火が、羊のような民草を焼きはらい、
死の太陽が、瓦礫の荒野に毒麦を育ててしまった。

その名はふたたび、隣人の災厄となるのだね。
純粋無垢な心で、若者は兄弟を憎みはじめ、
敵を探して、あちこちへ殺されに送られるのだね。

永遠に消えない、焚火に落ちた一瞬間、
わたしの国は、側溝の枯葉のように、
ゆらゆら燃えて、消えて、無くなってしまった。

生ける神が、人間の歴史に触れるとき、
仮借ない裁きが始まるだろう。
天が動くとき、だれひとりその指から、
逃れることができようか。

不戦の誓いを、惜しげもなく棄てた、
春の光にも美の不在する、桜の国よ。
死者をも召集される、菊花の国よ。


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花鳥風月
2012-10-04 Thu 13:23

(花の嘆き)
世界があっさりと、壊されてしまったのは、
みんなが気前よく、ゆるしてあげたからです。
土下座をする人たちは、あとでもっと悪いことをするのに、
やっぱり許してもらえるから、いつも元気いっぱいです。
でもだれが、「ゆるしなさい」って命じたのですか?
花を踏みにじって、あとに残った香りを、楽しむのですか?

(鳥の涙)
世界にいつまでも、不幸が尽きないのは、
みんなのつくる、明るい笑顔が、絶えないからです。
怒ることも、悲しむことも、疲れることも許されず、
涙をふいて、文句も言わず、上を向いて行進するほかないからです。
でもだれが、「笑いましょう」って強いるのですか?
空で見てきた、鳥たちの飛語が、どうしてデマなのですか?

(風の呻き)
世界がこんなにも、色あせてしまったのは、
みんなが、「愛してるよ」って、言い始めたからです。
臆病な斥候の、いい加減な冒険話を信じこんで、
やれば出来るんだと、昼も夜も、夢をあきらめないからです。
祈っても、努力しても、失敗のデータが増えるだけ。
命を守ろうとする声を、風評被害だと騒ぐのは、だれですか?

(月のため息)
世界がどうしても、平和にならないのは、
みんながすぐに、奴隷の幸福を求めるからです。
戦争も、放射能もなんのその、自分さえ幸せになれば、 
網膜には、世界のすべてが、きらきら輝いて見えるからです。
いいところだけを見ろって、だれが言うのですか?
月の裏側の、あばたの顔を、見たことがありますか?

(光の天使)
神さまが世界を、救ってくださらないのは、
みんなが神さまを、召し使いにしているからです。
神さまが人に仕えて、願いを叶えるのではなく、
人が神さまに従って生きるのが、まことの「道」なのに、
そんな神さまは嫌だって、ぽんと棄ててしまったからです。

季節ではないからと、実をつけてなかった無花果(イチジク)の木が、
神さまに嘆かれて、枯れてしまったように、
自由を怖れて、世のしくみに従う、空気に抗えない心も、  
不意を襲われて逃げ込んだ、財布のなかで息絶えるでしょう

大自然の驚異は、成功の法則よりも、偉大です。
季節はずれの無花果とは、良い知らせを聞いて、
はっと神さまのほうに振り向く、自由な魂、生命の躍動。
自由こそが、枯れ木に咲いた花にもまさる、命の奇跡なのです。

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九月の空
2012-09-25 Tue 21:21

東の果ての片隅の、小さな弧状の島々には
エジプトも、バビロンも知らぬ民の群れ。 
奪われし山河にもめぐり来る、
春の光に涙する心もなく、
不思議な呼び名だけが、
むなしく、丸々肥えてゆく。

海原よ、波濤よ、きらめく水面に、
よけいな文字を、だれが描いたのか?
大人たちは喜々として、命のゲームをカウントする。
若者たちは黙々と 草生す屍、水漬く屍になり果てよう。
子供たち、あれが明日の きみたちの姿だ。

豆腐のような島の民、忘れ去ってはいまいか?
あなたがたは、どこからやって来たのだろうか?

窓は風の瞳。風は地球の息。
レースのカーテンが、さらさら流れると、
九月の空が、飛び込んでくる。
眼の奥が、海のようにひんやりして、
街の屋根や、遠くの丘は、波打つ水平線になる。
九月の頬はいつも、東を向いている。
はるか東のほうにも、海が広がっている。

南の風と雲の子らは、びょうびょうと絶海をわたり、
タプカルを踊る 長老のような足取りで、
阿呆鳥を脇に抱え、おごそかに、霜の国へと向かう。
青い林檎をかじっていた娘は、ある日、
あらし気配に窓をひらき、そわそわと身を躍らせ、
熟れたぶどう畑を、力いっぱい駆け抜けて、
スネグラチカのように、ついて行ってしまった。

雷鳥の山にも、まりもの湖にも
烈しく、むごい季節がめぐる 火山島の民は、
だれもが、この娘の瞳をひどく忌み嫌ったから、
山に棲み、仙女になるほかなかったのだ。
それから、九月の夜は、冬を貼り付けるようになった。
ぶどうの実は、星の傷みを宿すようになった。
清らかな雨が、畑を潤すことは、もうなくなってしまった。

破り裂かれた大洋の、夜が明ける。
煮られたような朝焼けに、またひと日がはじまる。
海があの紫の元素を、洗ってくれも、清めてくれもせず、
いやし難い過去もまた、こっそりどこかに流し去ってくれぬように、   
刻々と届けられる未来の幻を、おののき見つめる瞳は、
無残に抉り抜かれてもなお、予言する語りをやむまいよ。

夕星が、羊を返し、山羊を返し、
子供たちを、母のもとに戻すように、
ひとつ名に縛れた島人らを、もういちど分かち、
それぞれが乳房を吸った、天地に呼びもどす声がきこえる。
枷を砕き、かんぬきを壊して、窓から外へ飛び出そう。
風を追いかけ、海を越えて、万年の記憶を辿ってみようよ。


☆★☆★☆★☆★☆★


ほぼ、ひと月ぶりの投稿になりました。
白露を過ぎて、陽射しも柔らかくなりましたが、心を裂く出来事が多く、
秋の草にも、「感時花濺涙」の痛みを覚えます。

タプカルとはアイヌの古式舞踊で、神々や先祖への感謝を表し、
儀式の終わりに、経験を積んだ長老によって舞われます。
スネグラチカとは「雪娘」で、ロシアのクリスマスに登場する
サンタクロース「ジェドマロース」が連れている孫娘。
草生す屍(くさむすかばね)、水漬く屍(みづくかばね)は、
戦中に愛唱され、第二国歌とよばれた「海ゆかば」の一節からです。

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紫陽花の夜 木槿の朝
2012-08-30 Thu 21:13

あなたは、わたしが友達と
紫陽花の花を手折って、天に翳しながら
雨夜を徹して 息絶えるほど踊るのを見て憎む。
「道路交通法違反、威力業務妨害だ」と。
それでもわたしたちは踊り続ける。

踏みしめる足元は、悠久の大地ではなく、
火を噴く山、揺らいで引き裂かれる地面、
牙を剝いて襲い掛かる海、天からの大洪水
それが、美しいわたしの国のご神体。
八百万の神さまが、それでもようやく我慢して、 
手心を加えてくださった戒めの一撃さえも、
あなたには痛くもなければ、畏れもしないのですか?

涙に濡れた朝、夏の終わりの庭に咲く 
一輪の木槿 さみしい唇をそっと寄せると、
あなたは嫉妬に駆られて大声で喚く。
「竹がなくても竹島なんだ」と。
それでも、わたしたちは夢を語りましょう。
くぐもった鬨の声が、ふるさとの哀心歌に耳を塞いで、
愚かな誤解から、ついに火器を交えようと倒れない。

その日が来れば、ふたりで島を目指します。
わたしは境港から、チェリナは浦項から船を出して、
途中で海に飛込んで、人魚のように抱きい、戯れながら
幾千万の涙といっしょに、苦々しい歴史をぜんぶ、
海のお墓に抱きながら、お弔いをするんです。

そうしたら、あなたはわれを失った。
わたしは髪を掴まれて倒され、顔を靴で踏み躙られた。
存分に殴られ、蹴られ、罵られながら、気を失った。
「なにが善でなにが悪かは、ただ視点によるだけだ」
「なんでもかんでもゆるしなさい。憎しみではなく愛を」

いいえ、それでもわたしは、信じる道を行きます。
今日も明日も、明後日も、あなたがたが猛々しく、
その腐れた舌が、根から千切れ飛ぶまで喚こうと、
その禍々しい腕が、骨ごと砕け散るまで暴れようと、
わたしたちが、愛と名誉を軽んじて、
途方もない夢がおとずれる暁の水平を目指すのを、
あきらめることなどないのです。


☆★☆★☆★☆★☆★


2012年、熱くも苦い、劇的な夏でした。
紫陽花は、反原発運動(「あじさい革命」などと自称)より。
木槿(むくげ)は、大韓民国の国花。
無窮花(ムグンファ)と呼ばれる、不屈の生命力の象徴。

450px-Dokdo_Photo.jpg
Liancourt Rocks (ウィキペディアより借用)



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Astronaut 星の船乗り
2012-08-28 Tue 20:39

その白い砂浜は、風も吹かず、波もたたず、
音も無く、昼も夜も空は暗く 星が満つ。
古生代の化石よりも雄弁な、靴底の形は、
だれかを待つように、いまも消えない。

乳色の天体を、ふたりだけで歩いた
男たちは、アダムのようだった。
たがいを疎んじて、エヴァを求めた。
ともにあるべき、ひとつなる、わが身を。

それは、巡礼。
花婿の夜の旅。
青い花畑を 踏み荒らした者たちが、
白い丘に、征服者の旗を立てた 勝利の日ではなく、
おののく人の魂が、つつしみ深く、秘めやかに
月女神の頬に、はじめてふれる、敬虔な夜。

なごやかに、熱く、言は熔かされて、
おごそかに、深く、霊は精錬されて、
星をのみこんで、戻ってきた船乗りたち。

たちまち黒い津波が、不死の果実をもぎ取って
垂木の重力が、空っぽの部屋に 時間をおしこめた。
朽ちた船の 舳先は折れ、人の頭は砕かれた。
ざくろの実が裂けて、ぽとりと落ちるように
地の星たちも、ひとり、またひとり、潰えてゆく。

沈黙こそ 奥ゆかしい、英雄たちの美質。
微笑こそ 身の丈の憂いを 
天の光に引き寄せる あでやかな招き。

大きな筒を空に向け、鏡に集めた銀の波を、
ひとみに映す子供たちに、わたしはなにを語ろうか? 
いや、なにも語るまいか。

インタビューでは分からぬ、どの記録にも残されぬ 
夜は、乳のような智恵を、戻してくれるだろうか。   
そのとき、あなたの名も、百合の香となって
安らかに 憂いを、忘れさせてくれるだろうか。


★☆★☆★☆★☆★☆


ニール・アームストロング氏の訃報。
1969年7月、人類ではじめて月面に立った、アポロ11号の船長。
2012年8月25日に死去。82歳。

銀河をわたる初秋の月に、
静かの海を望みつつ・・・


銀月


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