『世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない』(宮沢賢治)

どこにも行きたくない贅沢な春
2018-04-02 Mon 22:34

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さくらたんぽぽはなにら

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別窓 | 花の歳時記 | コメント:2
虚偽ではなく本音でもない、「真実」を語ること 
2018-03-31 Sat 19:36

記事の準備はしていたけれど、どうしても仕上がらず、
その日には、投稿する気にもなれなかったが、はや桜の季節。
すっかり忘れられたころ、今年もなにか想いを書いておきたい。

2011年の東日本大震災から、今年でもう7周年になるのか。
歳月は風のように荒び、記憶は岩のように沈んでゆく。
日本人にとって、3.11はすでに、忘れないための記念日なのか。
いまある「国難」との繋がりを、考えてみることもないのだろうか。

あの日の出来事によって、この国が露呈した長年の失政と負債を、
復興の名で覆い隠し、被災者だけに丸ごと背負わせ、
国民にも歓迎されない「東京五輪」で、欺くことはできないはずだ。

『地震のあとには戦争がやってくる』

いのちを踏み躙る政治が行われた、異様な歳月だったと思う。
国民はなべて、「生かさぬように殺さぬように」統治されるものだが、
文句が言えないのは、誰もがアメとムチに踊らされているからだ。
いま国会では森友問題で、安倍政権が窮地に立たされているが、
そもそも3.11のあとに、安倍政権を選んだのが間違いだった。

経済格差は、人々から働く誇りと生きる喜びを奪い、そのはけ口に、
社会的弱者や少数者が、公然と敵視され、迫害されるようになった。
政治家が率先して攻撃し、メディアが喧伝し、若者がヘイトを繰り広げ、
集団暴行や大量殺人が起きても、他人の不幸など構っていられようか。
働けども暮らしは楽にならず、過労で誰がいつ死ぬかも知れない。

近隣国を侮蔑し、「日本スゴイ」の自画自賛に酔っている間に、
この国は彼らに努力に、技術力や競争力を追い抜かれただけでなく、 
先進国としての国際的信頼や存在感まで、失墜させてしまった。
某国の脅威を煽り、安保法を整備して、国民をアラートで脅していたら、
彼らは核戦争の危機から一転して、日本など相手にせず対話を始め、
長年の軍事緊張を解消すべく、東アジアの平和構築を模索している。
それでもなお、9条改憲に拘る権力の妄執を、国民は阻止できるのか。

戦後70余年をへて音もなく崩壊した、民主主義の瓦礫の山も、
津波の廃墟と同じくらい無残で、凄惨なものだろう。
憎しみによって破壊され、無関心によって喪失したものは大きすぎる。
自浄作用どころか、どこまでも自己冒瀆を繰り返すこの国は、
この先どうなってゆくのだろうか。なぜこれほどまでに、
虚偽や無法、暴力や差別に寛容な社会になってしまったのか。

少なくとも、後続する1~2世代が失われたことは、大きな痛手だ。
若い世代が、あれほど簡単に、凡庸な悪に染まってしまうとは!
彼らには、梃子でも動かぬ頑固者となって対峙せねばなるまい。

河津聖恵氏は、「震災以後、詩とは何か」を問い続ける詩人だ。
それは、「アウシュヴィッツ以後、詩を書くのは野蛮だ」という言葉を
思い起こさせるが、規模や実態の違いはあれ、両者は似ている。
社会学者の栗原彬氏は、水俣病は「ジェノサイド」だったと書いたが、
フクシマも、おなじ権力構造が引き起こした、国家と企業による犯罪だ。 

河津氏は、詩を書く者たちに疑義を呈する。
「なぜ、3.11を歴史的に見ようとしないのか」と。
津波の廃墟を、諦念や悲哀を演出する「書き割り」に用いる
歴史性の欠如した「震災詩」に、厳しい視線を向ける。
「それは絶対的に間違っているのだ」と。

犠牲者の多くは、「今」しか見ようとしない非歴史的な経済神話のなかで、津波の危険があるにもかかわらず、無理に開発した住宅地に居住していた人々ではなかったか?また、原発の起源には、無謀な戦争の結果この国が蒙った原爆という、最大の歴史的凶器があるのではないか?そして今回の原発の過酷事故は、大きな津波や地震を「想定外」と正当化し、歴史の教訓に学ぶ謙虚さを忘れた結果、起こったのではないか?電源喪失対策を怠っていたのは、金銭のために人の生命の危険を無視し、未来からも過去からも目を背けて、ただ場当たり的に原発マネーの獲得に狂奔した結果ではないか?(河津聖恵『パルレシア 震災以後、詩とは何か』より)

「歴史的に見る」とは、出来事を歴史年表に位置付けることではない。
物事の視野を、「いま・ここ・自分」という自己中心の感性から、
時間的には人類の過去と未来へ、空間的には生命環境や宇宙へ、
内面的には、神や良心に至るまで広げてゆくことで、
それまで見えなかった背景と因果を照射し、
隠された欲望と権力の構造を抉り、消された無数の声に耳を傾け、
とりわけ死者たちの喉に、それぞれの言葉をあてがいながら、
大いなる出来事の本質を解き明かす、人間ならではの思索である。
それが歴史を学ぶ意味であり、未来に対して責任をもつことでもある。

歴史を知ればこそ、なぜ『地震の後には戦争がやってくる』のかも、
決して唐突なこじつけではなく、おのずから意味が理解できるはずだ。
この思索を嫌い、怠る者が、ふたたび同じ過ちに加担するのだろう。

「原子力緊急事態宣言」は、7年後のいまも解除されていない。
しかしフクシマは、すっかり過去のものとされ、放射能への懸念も、
科学性を欠いた不安に過ぎない、心の問題に押し込めてしまった。
事故現場で、危険な被曝労働を続ける作業員を思い出すこともない。
かといって「東京五輪」に向けて、国中が躍進しているわけでもない。
国民はもう、なにがなんだが、訳がわからなくなっているのではないか。

それは、(嘆息とともに言うが)
日本人が、言葉を殺してしまったからだと思う。
いまや、「嘘偽りや無関心が執拗な被膜となって、社会を覆いつくし
言葉を持つ人間を窒息寸前に至らしめている」(河津聖恵)
からだ。

言葉とは語彙ではない。迷信的な言霊でもない。
理性であり、思考力である。信義でもあり、責任でもある。
「文は人なり」とも言われるが、言葉とは人格そのものである。
だからこそ、人の発する言葉は、真(まこと)でなければならず、
嘘や虚言、偽証は、舌を抜かれるほどの重罪なのだ。

だがこの国ではいま、一言にも重責あるはずの政治家どもに、
その覚悟は微塵もなく、言論の府では虚偽と隠蔽、改竄が常態と化し、
言葉は人を欺き、騙くらかす、じつに便利な道具に成り果ててしまった。

マスコミの劣化も著しい。ましてネットなど言うに及ばずである。
ネトウヨのヘイト、リベラルの寛容と多様性、メディアの両論併記、
子どもたちの減らず口の、なんとよく、根性の似通っていることか。

深夜の討論番組で、ある評論家が『世界人権宣言』を攻撃しながら、
「そんなものは、アウストラロピテクスの時代にはなかった。
人類に共通する普遍的価値観なんかではない」などと叫んでいたが、
その通り、400万年もの大昔に、人権の概念などあろうはずがない。
だが同じく「南の猿」たちは、現代人のようにパンツも履かなければ、
風呂にも入らず、メガネも掛けず、PCも使用しなかったようである。
そんな化石人類の時代から、人権や民主主義、PCやスマホを生んだ、
今日に至るまでの、人類の長い長い歩みにこそ、意味があるのだ。

さすがにこんな妄言など、誰も相手にはすまいと打ち棄てていたが、
しかしそれが、どうもこのところ、少しもそうではない雲行きなのだ。
もしかするとこの国には、本当にそれが理解できない人間のほうが、
ずっと多いのではないのかと、寒気を覚えるようになってしまった。

なぜなら、人権にせよ民主主義にせよ、それがもつ歴史性を考慮せず、
ただ自分がそう感じる意味合いに勝手に受け止めて、
気に入らなければ叩きのめす独り相撲が、昨今の言論にはあふれ、
一人前の知を気取って、大威張りで闊歩しているからだ。
あげくの果てには、なんと教育者や弁護士までが、臆面もなく、
「人権とは何か、自分にもよく分からない」と、苦笑してみせる始末だ。

民主主義社会を支える基本理念や価値観を、教える者と守る者が、
それがなんだかわからないとは、一体全体どうなっているのか。

「反日」の一つ憶えは、この国ならではの非歴史的感性の典型だが、
あるいは「愛国」とは、文字通り「国を愛すること」だと思い込んだり、
「保守」を、「国柄や伝統、家族や故郷を守ること」などと言い出して、
今ではむしろリベラルが、すすんで右派的価値を称揚する有様だ。
単純な無知でも、歴史を蔑ろにすれば、思考は衰弱するしかない。

こんな状態ではもう、言論以前に、日本語が通じないと言うべきだろう。
圧政に抗議し、声を挙げてきた人々が、黙り込んでしまうはずだ。
心優しい人々が、ふわふわ言葉しか使えなくなってしまうはずだ。
子どもたちが、基本的な読み書きさえできなくなってしまうはずだ。
(いや、大学生さえも小学生以下の場合がある)

ここで先に引用した、河津聖恵氏の詩論に戻ろう。
河津氏は3.11のあと、詩人らが「大震災を前に、詩は死んだ」などと、
平然と、乱暴に断言するような態度に、大きな危惧を抱く。
詩は、「震災によって、唐突に死んだのではない。
想定外の震災被害や、原発過酷事故をもたらしたのと
同じ何者かによって、すでに長い時をかけて、殺されてきたのだ」
と。

詩とはなにか。それは現実の社会で口に出せば、
全世界を凍らせるかもしれないほんとのことを、
かくという行為で口に出すことである。(吉本隆明)


ならば「詩が死んだ」社会とは、いったいどんな社会なのか。
それは詩とともに、詩の命である、真の言葉(ほんとのこと)が殺され、
詩の本来の精神である、自由の精神が失われた社会を意味する。
そして詩を殺し、言葉を殺した者たちが、いま真実に代わって
あたり構わずまき散らすのは、分別のない、赤裸々な「本音」である。

それは時に凶器に等しく、その重大な結果には、だれも責任を負わず、
人の数だけ真実はあると、無数の言い訳を並べ、臆面もなく開き直る。
森友事件でも同じだ。今必要なのは、国民が納得できればすむような、
丁寧な説明ではない。一言ずつ正確に、重たい真実を述べることだ。 

古代ギリシャにおいて、自由という単語には二通りの表現があった。
まずひとつは身体の自由である「エレウテリア」。
そしてもうひとつは、思想・表現の自由である「パルレシア」。
樽の中に住んだ等の奇行で知られる哲学者のディオゲネスは、
「世の中で最も素晴らしいものはなにか」と問われ、
「それはパルレシアだ」と答えたという。
パルレシア。何についても率直に、真実を語ること。
脅迫をも、迫害をも、殺されることをも恐れず、自由に語ること。
(河津聖恵『パルレシア 震災以後、詩とは何か』より)


病んだ社会の再生は、なによりもまず、
言葉の甦りでなければならない。
言葉に「蘇生の血を通わせる」ことが、不可欠なのだ。

その「蘇生の血」こそが、「パルレシア」ではないのか。
河津氏は、詩=比喩の力によって、それを試みることを述べるが、
私は、さらに広く一般の言論や、人々の会話や文章にも求めたい。

何をも怖れず、真実を(本音ではない)、率直に語ること。
民主主義社会に不可欠な、伝統に裏打ちされた自由の精神。
暗夜の灯台のような、闇の底から放たれる言葉が持つ真実の光。

真実の言葉には、語彙や表現力は必要ないが、しかし
水滴で岩を穿つような、息長い忍耐と覚悟がなければなるまい。
真実とは、癒しや慰めではない。仮借なく、耳にも心にも痛いものだ。
顔の醜さを鏡のせいにして叩き割るような者は、真実には程遠い。

言葉は、語る者だけでなく聞く者がいてこそ、はじめて成り立つ。
命がけで真実を訴える声を無視したり、嫌悪し、排斥することも、
真実の抹殺に、積極的に加担する行為に他ならない。
語る者、聞き入れる者、伝える者がいてこそ、真実は生きるのだ。

「パルレシア」を怖れるのはだれであり、また、どんな社会であろうか。
日本人は、そんな社会を望むのか、それとも変えてゆきたいのか。

「私には何もできませんが」と無能を装い、逃げてはならないと思う。
わたしたちの一人一人は、どんなに弱くて小さな存在であっても、
だれもが、歴史と言葉を受け継ぎながら、子々孫々に伝えてゆく、
「パルレシア」の重みを担いながら生きる人間なのだから。


つばきとキャンドル


別窓 | 日記・雑感 | コメント:1
真冬を越えて、春がめぐり
2018-03-05 Mon 11:30

この冬の寒さは、温暖な西日本でも尋常ではなかった。
氷点下の冷え込みが長く続き、立春を過ぎても足元に霜柱が立つ。
日中でも2~3℃あれば、「今日は温かいね」と会話するほどだった。
備前の甕の底では、吹き溜まった楓や欅、杉や松の落葉が凍てつき、
奇妙な氷のオブジェにされて、いく日も封じ込められていた。

シベリアから白頭山に衝突し、荒れた海を渡って上陸した風は、
北国を積雪に閉ざしたあと、澄んだ空っ風となり、肌を突き刺す。
軽やかに宙を舞う粉雪が、乾いた地面を覆うことはなかったが、
大きな被害こそ免れたものの、厳冬と呼ぶにふさわしい季節であった。
日本以外の全世界が、南北の融和を歓迎し見守った平昌五輪は、
酷薄さのなかで、金銀銅も他人事のように通り過ぎていった。

真冬の庭の楽しみは、やはり赤い実と赤い花だ。
いや、朱い実とか、紅い花というべきか。
どれも目に鮮やかで、心まで暖めてくれる。

朱い実は、南天と万両が今年もたくさん玉をつけた。
年が明けると、毎日のように野鳥(たいていヒヨドリ)が飛来し、
用心深く辺りを伺いながら、すばしこく啄んでは飛び去ってゆく。
そこには懸命に生きようとするものと、生きる糧を与えるものと、
その営みを愛でたり、腹を立てたりする、人間の卑小さがある。
朱い実は1月中にはほとんど食べられ、枝ばかりになるのだが、
今年は、南天の実がすっかりなくなるまでに、2か月ほどかかり、
万両の実は、今もまだいくらか残っている。

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朱い実を失った南天と、わずかに残る万両

紅い花なら、山茶花と椿が冬の色には欠かせない。
暖かい年なら年末には咲き始めるが、今年はものみな凍えて、
固い蕾はいつまでも開かず、堪え切れずに咲いた花は責められて、
寒気にたちまち傷んでしまった。それでもようやく2月も下旬になると、
庭の山茶花は満開となり、藪椿も目を覚まし、次々に咲きはじめた。
ここにもまた、ヒヨドリが蜜をもとめてやってくる。

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山茶花と、傷んだ椿「あけぼの」

紅梅は、毎年1月中には蕾が綻ぶかと、いつも待ち遠しいのだが、
やはり半月ほど遅れて、一枝梅を見たのは2月中旬だった。

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庭の紅梅

思えば、これほど長く寒い冬の記憶は小学生のとき以来だ。
あの頃も毎朝、白い息を吐き、霜柱を踏みながら学校に通った。
そして何よりの楽しみは、家に帰って真っ先に食べるかき餅。
おばあちゃんが電熱器で焼いて、帰りを待っていてくれた。
かき餅をパリっとかじった瞬間、暴力教師に殴られる恐怖の授業も、
きれいに忘れてしまい、気持がさらりと更新できてしまうのだった。
子どもには、今日がどんなに辛くても、明日はいつでも新しかった。
(現代の子ども達は環境も違うので、当てはまらないと思います)

薄く切ったかき餅が乾燥するまで、3日~1週間ほどかかるが、
それを楽しみに、松風の唸りを聞きながら寝入るのが、寒の季節だった。
わが家では今も寒に入ると、かき餅とあられを手作りしているが、
この頃はお餅も機械でつき、焼くのは電子レンジのチンで済ませている。
あられならそれでもなかなか美味しいが、かき餅となるとどうしても
電子レンジでは仕上がりにむらができ、味もずいぶん物足りない。

寒さに凍える日々、無性にあの昔のかき餅が懐かしくなってきた。
だが電熱器など今は昔。何か代わりになるものはないかと探したら、
ちょうどいいものがあった。それは、茶道稽古用の置き炉である。
本式の炉は、畳の一部を正方形に切った囲炉裏で、炭で湯を沸かすが、
置き炉は電気を使う。内部は、ニクロム線を巡らせた電熱器仕様なので、
早速その上に焼き網を置き、薄く切った餅をのせて火を入れてみた。

しばらくすると、網の上で餅がいきなり膨らみ、身を捩って反り返る。
あわてて箸で裏返すが、うっかりするとあっという間に形が崩れたり、
真っ黒に焦げたり、火がついて燃えたりして、それこそ油断も隙もない。
要領を得てくると、裏表も四隅にもきれいに火を通せるようになり、
美味しそうな焦げ目がついた、あの頃のかき餅にだんだん近づいてくる。
もし自分に子どもや孫がいたなら、こうして作ってやったのだろうか。
他愛もないことを考えながら、何かに納得するまで熱心に焼いてみた。
電気の囲炉裏でも、冬の夜の沈思黙考には役に立つようだ。

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福寿草と、雪割草

年を跨いで、話題の映画の最新作に大騒ぎしていたころ、
ブログで知り合った篤実な女性が、深刻な病状と全力で闘っていた。
2度の手術を乗り越えたが、再び入院し重篤な状態が続いた。

彼女のブログは、その虚弱体質や闘病生活が信じられないほど
元気で明るい。毒舌だと本人は謙遜されるが、とんでもない、
天地を大掃除するような清冽さと、あきらめない青春の気に溢れ、
読む者の心を洗ってくれる。持病だけでなく、時代の病にも向き合い、
勇敢に闘い続ける姿勢は頼もしく、いつも学ばせてもらっている。
数日前、彼女が危機的な状況から脱して、順調に回復しながら、
近く退院することになったという、お身内の方からのご報告を読んで、
信じて待っていた私も一安心で、ようやく春がおとずれた想いだ。
彼女の抱く夢がかなうように、一緒に年を重ねてゆきたいと強く願った。

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庭の白梅

天のご機嫌は計り知れないが、1月は往ぬ、2月は逃げるのとおり、
霜と氷と寒空も、過ぎ去るときには、幻のように消えていった。
中国地方では昨年より8日も早く、2月14日に「春一番」がわたった。
寒の戻りはあるにしても、もやもやした暖かさが、心を騒がせる。
冬の終わりの、一抹の淋しさを残して、南の風が背中をゆるく押す。

蠟梅のあとには、金縷梅、山茱萸など、黄金の花が続いて春を告げ、
足元には、福寿草や雪割草、寒芍薬や寒菖蒲、立坪菫が姿をあらわし、
寒さに怯えていた水仙も、眠りから覚め、清楚な香りを解き放つ。

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寒芍薬と、日本水仙  

3月の陽射しはすっかり春で、気温も上がり、道行く人の表情も和らぐ。
春宵の松の梢には、熊座の長柄星が、すらっと淡い影を落としている。
今日の雨は、昨夜天の柄杓がこぼした、春野をうるおす恵みの雨だ。
やがて菜の花が、わが家の畑にも咲き乱れ、蝶や鳥を呼ぶだろう。

そして今年もまた、あの日がめぐってくる。
7年目になる、3.11。
あの春の、終わらない滅びと喪失の記憶。
それはすでに無益な繰り言か、記念日に過ぎないのか。
いや、不吉な、なにかの予行演習だったのか・・・

わたしの心にはいま、石牟礼道子宋神道という、
ふたりの女性の生涯と、語りと、世に置いていったものが、
生傷として、債務として、道標として、至宝として、
深淵に浮かぶ花のように、忽然とあらわれ、重く圧し掛かる。

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ようやく咲いた藪椿の一輪
石牟礼道子は、水俣の不知火海を
「椿の海」と呼んだ。 




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新年のはじまりに<2018>
2018-01-01 Mon 23:00

年越しから新年に流れる時間は、なんとも味わい深いです。
おなじように日を跨いだだけで、気持まで一新される不思議。
そして元旦は、日本人が年に一度だけ、
神妙で敬虔な気持になれる日ではないでしょうか。

ともあれ、2018年がはじまりました。

美観地区
新春の大原美術館

迷いながらも、昨年7月に再出発した拙ブログですが、
多くのみなさまに、訪問と応援をいただき感謝いたします。
内外の情勢はますます厳しさを増していますが、
今年も、どうぞよろしくお願いたします。


わたしが夢多き子供のころ、
ワクワクしながら思い描いていた21世紀は、
これほどまでに混乱した、野蛮で、
邪悪な世界ではありませんでした。

もはや人類史を数世紀も巻き戻した、中世にも似た様相の中で、
いま、死にもの狂いで鬩(せめ)ぎ合っているのが、

「光」と、「光をおそれる無知」

「善」と、「善に対する嫉妬」

「智慧」と、「智慧におびえる快楽」

「真理」と、「真理をこばむ妄執」



そしてついに、世界はこれまでにない非常事態に直面し、
核戦争の危機が、冷戦以降でもっとも高まっています。
そんな実感を覚えることもなく、日々を過ごしているとしたら、
どれほど不幸で、また無責任なことでしょうか。
口にするのも恥ずかしい、年末年始の大手メディアの、
国民をどこまでも侮辱した、なんという醜態でしょうか。

今朝は7時過ぎに、近くの空き地で、初日の出を拝しました。
よく晴れた、おだやかな元旦を過ごせました。
街を歩けば、毎年この時季に咲く「ヒマラヤザクラ」が、
すでに葉桜になっていましたが、寒空にりりしく映えていました。


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しかし、この一年を終えるとき、どんなことを振り返るのでしょうか。
来年、この真冬の桜の下に立つときに、どんな気持でしょうか。
それを思うと、これまでにない不安を感じないではいられません。

なによりも懸念される憲法改悪と、核戦争ともなりうる、
第2次朝鮮戦争の勃発という、最大の危機が回避できるよう、
年始の祈りをこめて、本年の決意としたいと思います。


今日1月1日は、カトリック教会のカレンダーでは
「主の降誕8日目」に当たり、
「神の母聖マリア」「世界平和の日」とされています。
そこで初詣ならぬ、新年のミサに出席しました。


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(聖書写本挿絵より スペイン 1263年ごろ)


毎年生まれて来る子どもたちが、いのちである前に、
単純なグラフ上の数値として、増えた減ったと批評され、
母親が人格である前に、「子を産む機械」でしかないような、
人間性が否定される社会では、若者たちが結婚し、家庭を築き、
子どもを産み育てる希望や目的は、とうてい見いだせません。

キリストを産んだマリアも、養い育てた夫のヨセフも、
紀元前のユダヤに生きた、貧しい家庭の若い夫婦ですが、
たとえ自分たちの息子を、拝みに来る者がいたとしても、
思い上がったりせず、イエスを特別扱いしたりもせず、
ユダヤ人の伝統と日々の生業を通して、慎ましい生活のなかで、
大勢の兄弟姉妹と一緒に、希望と信頼をもって育てました。

しかし21世紀の日本において、2000年前のヨセフ一家ほどの、
生活力も、文化的素養も、相互扶助さえも奪われて孤立し、
社会への信頼も、将来への希望も持てない状況に棄てられたまま、
その日その日を生き延びることだけが精一杯という人々が、
どれほど多いかと思うと、やりきれず、おそろしい気持になります。

お正月の団らんでも、中韓朝への罵倒や戦争を煽る暴論を、
否応なくに聞かされる人々の苦しみにも、心を痛めます。
家族が集う場所にこそ、平和への意思が生まれるべきなのに、
なぜこの国では、その反対の方向に盛り上がるのでしょうか?

今日では、家族の形態も多様多彩に変化しましたが、
社会の基礎であることは変わらないと思います。
民主主義は、家族という成員間の平等な関係からはじまります。
平和とは、ただ戦争やテロのない状態を指すだけではなく、
まず家庭から、家族に対するDVや虐待、差別や横暴を、
根絶しなければ、とても実現は不可能だと思います。

今年は、改憲や戦争という、より切迫したテーマとともに、
世界平和の基礎である、家族の尊厳と可能性についても、
保守的な義務感ではなく、普遍的な人間観に基づいて、
新しい、創造的なあり方を再認識したいと思います。


超月2
元旦の夜の出現した、明るい「超月」。

今年も、地球上のすべての人々の歩むべき、人の道を照らせ。


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Christmas おお、大いなる神秘 
2017-12-25 Mon 01:08

クリスマスイブ。主の降誕。

カトリック教会の、夜半のミサから帰宅した。
星なき夜にも、身に凍みる寒気にも、心温まる想い。

天のいと高きところには神に栄光、
地にはすべての男女と生き物に平和あれ!

この静かな夜を、全世界が歓び、祝福する。
見棄てられ、追われ、寄る辺もなき若い母親が、
馬小屋で産んだ幼子に、思いを巡らせる。
温かい家庭の炉辺でも、冷たく孤独な路傍でも・・・
恵まれた者も、打ちひしがれた者も・・・神を心に宿す。

冬の真底、暗闇の深奥から立ち上がる力。
聖夜の、大いなる神秘と奇跡。
万象を包む闇と、心を満たす光、 
敬虔な息づかいと、切実な祈り。
神の愛の充溢を、いかに分かちあえるだろうか・・・

ふと目にした、詩人・河津聖恵のツイートが、
その想いを、簡潔に、純粋に、情感豊かに、
あますところなく伝えていた。


私はキリスト教の信者ではないが、
今夜どこからともなくみちる、聖なる空気がたしかにある。
キリストという存在が、
なぜこれほど長く、多くの人の心を励ましてきたのか。
今この闇の深さによってこそ、
みえてくるものがあるように感じる。

聖なる空気がみちる、という感じ。
それは牛の乳は一点から出るが、
それを作り出しているのは身体全体だという
ヴェイユの箴言を思い出させる。
世界という身体全体が、今夜。

信徒ではなくても私は、イブには格別の深さを感じる。
母親が熱心な信徒だったので、小学生の頃通わせられていた
日曜学校の仲間と、聖夜の劇をしたこともあった。
マリアの役は拒んで笛吹きになったが、
あの頃の闇は、ずっと心に残っている。

その闇が闇のまま、深まっている気もする。



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荒天のクリスマスとなりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
みなさまがたも、ご家族や友人、愛犬愛猫とともに、
思い思いの、温かい聖夜を過ごされたご様子で、
ブログ記事を読ませていただきながら嬉しく思いました。

明日にもなれば、日本の街角では、
ツリーもサンタも一斉に退場させられ、
慌ただしく、お正月の準備がはじまりますが、
天体の運行に従い、太陽暦の新たな一巡のはじまりを祝う
晴れやかな気持と、豊かな分かち合いも大切にしたいですね。

今日の世界情勢を思えば、暗澹たる気持になりますが、
祈り、かつ自らも行動する、確たる信仰を持ちたいです。


クリスマスの深夜に、
カトリック教会の典礼で捧げられる聖歌。
「おお、大いなる神秘(マグヌム・ミステリウム)」


“O Magnum Mysterium”





O magnum mysterium,
et admirabile sacamentum,
ut animalia viderent dominum natum,
iacentem in praesepio.
O beata Virgo, cujus riscera meruerunt
portare Dominum Jesum christum.
Alleluia!

おお、大いなる神秘、
奇《くす》しき秘儀。
家畜らが、生まれし主を見る、
飼い葉桶に横たわる、主をば見る。
おお祝されしマリア、汝が胎は尊きものなりき、
主イエス・キリストを宿したるほどに。
アレルヤ! (訳詞:那須 輝彦)



2千年前のイエス・キリストのご誕生は、
世界中の厳しい環境のなかで、安心して生まれて来る場所がない、
子どもたちの状況を思い起こさせます。

しかし今でも、
「安心して産むことができる環境がない母親」
「生まれて来る場所がない赤ちゃん」が、日本にはたくさんいます。
残念ながら、これが依然として、日本のなかにある現実です。

今夜、主の降誕をともに喜び祝いながら、
わたしたちもキリストの愛によって、
すべての命が温かく迎えられる社会を築いてゆく決意を、
新たにしてゆくべきではないでしょうか。
(大塚了平 福岡教区司祭)



イエス・キリストだけではない。
すべて生まれてくる子どもたちは、
国も、人種も、宗教も、身分も、出自も関係なく、
神に愛され、祝福された、尊い命の授かりもの。
「大いなる神秘」とは、受胎と妊娠、出産そのもので、
命の尊厳こそ、クリスマス本来の意義だと思います。

だからこそ、この地上の、全てのいのちの始まりに、
暴力と強要ではなく、神の祝福に与る、愛と慈しみがあふれ、
すべての家庭が、思いやりと健やかさに満たされんことを。

授けられた子供の出自や性別、障害の有無などを理由に、
誤った価値観で、いのちの取捨選別がなされることなく、
世の悲惨な環境のなかで、愛されるべき命が奪われることなく、
何よりも守られるべき、母親と子どもたちが大切にされ、
だれもが幸せに生きてゆける社会を創るために、
これからも怖れず怯まず、前に踏み出したいです。


冬の天上に輝くクリスマスツリー。

無題
クリスマスツリー星団(NGC2264)


(クリスマス共同祈願より)
み旨に従い、救い主の誕生のために仕えたマリアのように、
わたしたちも、祈りと奉仕をもって、
神の計画に、貢献することができますように。

争いと分裂に苦しむ世界のために祈ります。
キリストの光が人々の心を照らし、
ともに平和への道を歩むことができますように。

貧困や虐待の問題に立ち向かい、社会のつながりのなかで、
未来への希望である子どもたちのいのちを、
大切に育ててゆくことができますように。
混沌としたの世の中で、確かなものを求めている人々の心に、
主の降誕の福音が響きわたり、希望と安らぎが訪れますように。


Gloria in excelsis Deo  
Et in terra pax hominibus bonae voluntatis.


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